銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン

隔週水曜19:00-20:00ON AIR

EVENT REPORT

vol.32015.06.1219:30-20:30

西谷真理子 × 山崎晴太郎 / REAL TALK SALON

山崎
ラジオはいかがでしたか?最初は「不安だ」とおっしゃっていましたね。
西谷
山崎さんが上手にリードしてくださって、時間が足りなくなっちゃうぐらいでした。
山崎
いやいや。本当に時間が足りなかったですね、とても面白いお話で。いろいろな話を途中で止めてすみません(笑)。さっきも移動しながら二人で話をしてたんですけど、本の話とかね。
西谷
そうそう。せっかく今日いらして、直接お会いできるので、この本をみなさんに見せびらかそうと思って持ってきました。見えますか?つい最近送っていただいたばかりの本で。あっ、6月16日発売だから、まだ出てないですね(笑)。
山崎
まだですね。
西谷
すみません、まだでしたね。行司千絵さんという人の書いた『おうちのふく―世界で1着の服』というタイトルの本で、FOIL(フォイル)っていうギャラリーがあるんですけど、そこが版元になっています。もしよろしければ、回覧してください。(本が参加者にまわされる)
西谷
この行司千絵さんという人は、京都新聞の記者の方で、去年、取材したいという連絡をいただいてお目にかかったんですけれども。よくよく聞いてみて分かったのが、この人は趣味で洋服を作っている人だったんですね。すでに展覧会も何回かやっていて、それを本にまとめるのは今回が初めてなんですけども。本の表紙に出ているかわいいおばあちゃまは彼女のお母さんです。この人の洋服作りのポリシーというのは、自分が作りたいと思う人に一方的に作るっていう。だから、こういうふうに作ってほしいっていうのを聞いて作るんじゃなくて、あなたにはこれを着てほしいっていうふうに。それをお母さんに対して作っているうちに、みんなに「その服どうしたの?」って聞かれるようになって、だんだん私にも作ってほしいというのが増えていって。でも基本的には任せてほしいというスタンスなんですね。そういう何か、普通の注文服っていう考え方と違って、人に贈るっていう。しかも彼女は別に洋裁の専門教育を受けているわけじゃないので、難しい服はできないんですね。例えばコートとかテーラードジャケットの本格的なものとかはできないんですが、でもやっぱり、その人をすごく観察して、この人はこういうのを着るといいんじゃないかなっていう。サイズと、こういうものが欲しいぐらいのことは聞いて、あとの細かいところは全部一方的に作るっていう面白い方です。
山崎
西谷さんも作っていただくことになったんですよね?
西谷
そうそう、多分。ちょうどアフリカの布をお土産でいただいたのがあって、すごい派手なんですよね。これで夏に1枚で着られるコートを作ってほしくて、ディティールは全くお任せするからというふうにお願いしました。
山崎
それはいつ頃出来上がるんですか?
西谷
いつでしょうね。去年頼んだんですけども、別に急いでないからって言ったんですよね。この本をまとめるに当たって、瀬戸内寂聴さんからも作ってほしいと言われたようで。瀬戸内さんに作ってほしいって言われたら、他のもの全部後に回してでも作りますよね。
山崎
そうですね(笑)。
西谷
私もきっとそうすると思いますし。だから瀬戸内さんのを作って、あと志村ふくみさんという染色家の人にも作りますから、まだだいぶ先ですね。この本の中に出てくる人たちは、京都在住の作家のいしいしんじさんとか、そのご家族とか、あとはFOILの社長の竹井さんという強烈な個性の方には、すごい派手な布を見てすぐに思いついて、コートを作ったり。そういう普通のファッションとは全然違うような感じで、写真で見ると確かに素人が作った服のようで、必ずしもすごく仕立てがいいわけではないんだけど、でも何かそこに服を通してのあたたかい交流っていうのがあるんです。そうなると、私もどんな服作ってくれるのか、すごく楽しみです、今から。
山崎
西谷さんは、いろんなモードをそれこそ40年とか見てこられて、それが一周回って、今こういうものが琴線に触れるようになったというところが少なからずあると思うんですけど。その中で服の本質ってなんですかね。服に求める本質というか、例えば、作り手からの意識もあるし、買い手からの意識もあるし、流通とか社会とかいろんな視点があると思うんですけど。
西谷
そうですね。いろいろありますよね。特に日本なんかだと、3.11の地震の後、いろんな価値観が変わったってよく言われてますね。ちょうどあのとき東京コレクションの直前だったんです。それで実際に流れちゃったコレクションもあるし、みんなも自粛みたいな感じでショーを中断したりとか、そういうことが否応なくあって、それで少しずつ考え方が変わっていったりとか。あとは東北の産地の人たちがすごく被災して、同じようなものができなくなったりとか。
山崎
三宅一生さんも展覧会をやられてましたね。何でしたっけ、集めて割いて、もう一回やるみたいなやつ(裂き織り)。
西谷
そうですね。イッセイさんなんかはやっぱりご自分の布地を提供してくれていた方たちがたくさん被災したので、東北にもう一回、何か恩返しというか、スポットライトを当てたいというお気持ちが強いのでしょうね。
山崎
コミュニケーションチャネルとか、それこそ社会とどうつながるかとか、消費者とどうつながるか、みたいな一つの媒介というか、そういう役割が多いですかね、やっぱり。
西谷
そうですね。あとは例えば、仙台だったかな、気仙沼だったか、被災した女性たちが作る、手編みのアランニットというのもありますね。値段は結構高くて数万円はするんだけど、でも、そこに支援してるという気持ちにもなるし、出来上がったセーターや手袋も、なかなか格好いいんですよ。それで、いつもならユニクロでいいという人も思わず買ってしまうような感じっていうのはありますよね。
山崎
確かに。
西谷
価値観がそういう意味ではいろいろになってきましたね。いろいろで全然いいなと思っているんです。さっきもちょっと話をしていて、昔、山崎さんがそういう本物を着なくちゃいけないって上司に言われて、なけなしのお金で買ったとか(笑)。
山崎
補足をすると、僕が学生時代にクラブでVJをやっていて、たまたまハンティングしてくれたデザインの事務所があるんですね。そのときの社長さんに、来週までにDiorのジャケット買ってこいって言われたんです。全然お金ないわけです、GAPでバイトとかしてるぐらいのレベルなので。でもそう言われるし、買わなきゃいけないなと思って、キャッシングをして、たぶん30万ぐらいしたと思うんですけど、買ったわけです。やっぱり、何かちょっと褒めてくれるのかなとか、何かいい話があるのかなとか思うじゃないですか。そうしたら「分かっただろ」みたいなことだけ言われたわけですよ。こっちも「はい、分かりました」みたいなことしか言えなくて。結果、お金がなかったので、実質所有していた期間は10日間ぐらいで、翌週売ったんですけど。ただ、さっきも話をしたのが、本物を着るっていうことが本物を作るっていうことを、彼は言いたかったんだと思うんです。
西谷
それはDior Homme(ディオール オム)だったんですよね。Hedi Slimane(エディ・スリマン)という人がデザインしていた頃の。
山崎
そうそう。それでさっきも話したのが、そういう服って、決してすごい楽ちんにしてくれるわけではないんですね。でも、自分の生き方とか、立ち居振る舞いとかをシュッとさせてくれる。型みたいなものがたぶんあって、その型の中にはまった世界を見せてくれたというか、そんな感じがしたんですね、その時は。そういうものが今はあるのか、みたいな話をタクシーの中でしたんですけど。今ないよね、みたいな(笑)。
西谷
いや、なくはないんですよ(笑)。例えば今のRaf Simons(ラフ・シモンズ)という人がデザインしてるDiorの洋服なんかは、それは素敵だと思いますし。あとはPhoebe Philo(フィービー・ファイロ)というイギリス人のデザイナーが作っているCéline(セリーヌ)っていうフランスのブランドなんですけど。そのフィービーのCélineというのは、ある意味ですごくファッションの流れを変えたと私は思ってるんです。
山崎
4年前ぐらいですかね。
西谷
そうですね2011年か、そのぐらいなんですけれども、抜擢されてCelineのデザイナーになったんですが、そのときに「おっ」っていう感じで、みんなすごく深くうなずいたと思うんです。それがどうしてかっていうと、ものすごく普通の服だった。パリコレに期待されるような斬新な、特別のフォルムもないし、カッティングも特別でもないし、いかにも誰でも持ってそうな感じの。例えばネイビーブルーのスーツだったりとか、白いシャツにベージュのパンツとか、そんな感じなんですけども、でもどこか違う。すごく普通なんだけど、どこか違うっていうのを出してきて、それですごく話題になったんです。最初は拍子抜けするような感じだったんですけども。たぶん最近言われているノームコアの源流が、その辺にあるんじゃないかなって気がするんです。
山崎
確かに。
西谷
次々に新しいラインや変わった素材を提案する人ばかりの中で、あれだけ普通のものを堂々と出せた、しかも自分のファーストコレクションで、それができたっていうのは、すごい度胸でしょ。やっぱりこれからの時代はこれだっていう確信を彼女は持っていたと思うんです。
山崎
社会をキャッチアップする能力みたいなものって、これデザイナーなのか、プロデューサーなのかは別にして、チームの中で間違いなく必要だなって思うんです。
西谷
そうそう。でもCélineはある意味でいうと、はじめにやった彼女はすごく偉いと思うんだけど、意外にそのラインでコピーが作れる。コピーというか、影響を受けた服がね。それでノームコアというのがこれだけ流行ってるんだと思うんですけど。この私が着ている服なんかもそうかもしれませんね。これは引野謙司さんという若いデザイナーがつくっているケンジヒキノの服ですが、やっぱりちょっとCéline的な流れを感じますよね。そういうふうにして、それを自分なりに咀嚼して作ってきて、値段もCélineで買う10分の1ぐらいかもしれないし、そうやって波及していけばいいなと私は考えています。ファッションってその面白さもあると思うんです。必ずしも本物を買うことだけが偉くない。
山崎
いや、そうだと思います。思いますね、とても思います(笑)。
西谷
でももし、例えばすごくお金がいっぱいあって、なにを着ていいか迷っちゃうっていう人がいたら、あと例えば、中国からお金持ちの人が来て、どこに行けば日本の本物が買えるのかっていうふうに聞かれたとすると、私だったら銀座の「Dover Street Market(ドーバー ストリート マーケット)」に行けって言いますね。あそこのチョイスはすっごくいいので。もちろんCOMME des GARÇONS(コム デ ギャルソン)のいろんなラインもそうですけれども、Azzedine Alaia(アズディン アライア)もありますし、Celineもありますし、あとイギリスのEgg(エッグ)っていうすごく好きなブランドがあるんですけれども、そういうあまり知られてないようなものとか、J.W.Anderson(J.W.アンダーソン)とか…。川久保さんが選んでいるので、さすがなんですね。そういう中で、もしかしたら、COMME des GARÇONSが一番安いかもしれない。そこをお勧めしますが、でも別にそんなんじゃなくても全然、今って、もっと楽しむ力がみんなについてきていると思うんです。
山崎
ファッションを解釈する咀嚼能力みたいなものが、なんとなく底上げされてきたような感じですかね。
西谷
そう。東京の若い人たちのスナップとか見ても格好いいじゃないですか。
山崎
格好いいですね。僕ニューヨークに留学してた時に、それまで東京で見てた時は、ファッションスナップが、ニューヨーク、パリ、ロンドンだったんです。でも、ニューヨーク行って雑誌見たら、パリ、ロンドン、東京だったんですよね。それで東京ってすごいんだって、そのとき思ったんです。それこそ、ニューヨーク行ってもパリに行っても、みんなおしゃれじゃないですか。海外の人はみんな姿勢がおしゃれで、立ち居振る舞いとか所作とか、それも多分にファッションの中に含まれているなと思っていて、東京の人って決してそういうところはないじゃないですか。なんだけど、カオスを取り込む力がすごい。例えば、今日はミニマムな服装をしてますと。でも明日はすごいドレスみたいなゴリゴリのやつを着て、それも私ですって表現として言えてしまう力というか。そういう力が東京は特異的にあるなって感じましたね。
西谷
ですよね。たぶん95、96年ぐらいから、そういうのがぶわーっと出てきて。97年にそういう中から『FRUiTS(フルーツ)』っていうストリートスナップばっかりの雑誌が生まれて。それもどんなのでもいいわけじゃなくて、ああいうちょっとエキセントリックな人たちを特集したような雑誌で、あれを海外のお土産にすると喜ばれるんですよね。海外のファッションを勉強してる人なんかにあげると、珍しいものを見るように。
山崎
逆にずっと買い続けている定番みたいなものってあったりするんですか?
西谷
ないですね。
山崎
それは自分にはまるファッションとかブランドって、やっぱり年々変わっていくっていう感じですか?
西谷
わっていってますね。具体的にいうと、80年代、90年代ぐらいは「Yohji Yamamoto(ヨウジヤマモト)」がものすごく好きで、今でも持ってますが、もうあまり着ない(笑)。
山崎
黒くて長いのばっかり着てましたよね。
西谷
そうそう。90年代ってクローゼットの中、黒ばっかりで、何かそうなると、黒じゃない服を着ると安心できなくなっちゃうんですよね。その前、70年代は意外にカラフルだったんですけれども。それで80年代の途中から、<黒の衝撃>の黒の時代になってしまって、2000年はじめぐらいまで、結構どよーんとした、黒か、せいぜいグレーとか、紺とか。でも、今日はちょっと(笑)
山崎
今日の服はビビットなイエローですね(笑)。
西谷
今年はテーマカラーというか、課題色がピンクで。何かピンクっていいなっていうのを最近感じたんです。というのは、ピンクは子どもの頃からほとんど着てないんです。
山崎
それを乗り越えて、自分のものにしようみたいな。
西谷
それで、年とってきてピンクを着るのいいな、という気持ちがあったのと、去年Diorの展覧会がありましたよね、銀座で。(「エスプリ ディオール —ディオールの世界」展)
山崎
はい。ありましたね。すごく評判よかったですよね、あれ。
西谷
すごくよくできた展覧会だったんですけどね。その展覧会の中に赤とピンクっていう切り口のところがあって、そうか、やっぱりDiorがずっと愛されてきた理由の一つは、こういうような女子の好みっていうのをちゃんと押さえてるんだなっていうことを再認識しましたね。スタイリッシュな洋服も多いんですけど、赤とピンクっていうのがそういう切り口に出てくるっていうのはすごいなと思って、これはやっぱり女として生まれたからには一度はピンクを着ないとって。それともう一つは、『つるとはな』っていう50代からのファッション雑誌っていうのがあって、まだ1号目しか出てないんですけど(このあと、2号が発売に)。その中に小澤征爾さんが出てたんですね。その小澤さんがピンクのシャツを着てた。ピンクのシャツにジーンズ、そして赤いスニーカーを履いてるんですけど。すごい格好いいんですよ。それで、やっぱり老人になってピンクを着ると、すごく自由な人のようになれるなと思いましたね。
山崎
なるほど。年齢に応じたそういう時代のファッションでのつながり方みたいなものってありますよね。やっぱり、お話を聞いてて、ファッションを心から楽しんでる感じが伝わってきますよね。だって、今日来ている人の中に今年のファッションのテーマカラー持っている人って、そんなにいないと思うんですよ。僕にしたって、たまに来るぐらい、そろそろ大人にならなきゃみたいな。僕、革靴乗り越えようみたいな時期あったんです、20代後半ぐらいに。それまでスニーカーとか、革のスニーカーみたいな。それをちゃんと、それこそALDEN(オールデン)とか、革靴履こうみたいな。そういう大きなテーマしかないので、毎日毎日ファッションで豊かになっているっていうのは、魅力的だと思いますね。
西谷
やっぱり仕事柄もあるのか、洋服が好きなんだと思います。なにをしてても洋服を見ていることが多いんです。例えば、去年の3月に見たPina Bausch(ピナ・バウシュ)の「KONTAKTHOF(コンタクトホーフ)」っていうダンスがありまして。何回見てもすごく面白い作品なんです。普通ダンスっていうと動きやすい衣装のイメージがあると思うんですけど、そのダンスでは、出てくる20人ぐらいの男女が正装してるんですよ。男の人はみんなスーツ着ていて、女性はドレスなんですね。それで、ハイヒールを履いて、激しいピナ・バウシュの踊りをするんです。それはテーマが、交流する館で、出会い系みたいな感じなんです。出会い系と言っちゃうと身もふたもないですが、すごくエロチックなシーンもいっぱいあって、それを演じるのに、ハイヒールにセクシーなドレスっていうのは、もうぴったりなんです。そのときにも、ピンクの服がやっぱり何点か出てきて。
山崎
やっぱピンクだった、みたいな(笑)。
西谷
ピンクっていうのは、決してそんなに甘い色じゃないんだっていう。女の子がちょこっとつまみ食いできるようなものじゃなくて、やっぱり女の人生をかけて着倒すぐらいの色だと。
山崎
なるほど。
西谷
どういうピンクなら自分に似合うのかは、まだ分かってないんですけれども、そういうふうにダンスを見たりしていても、どこを見てるかっていうと洋服を見てる(笑)。
山崎
職業病みたいなところもあるんですかね。
西谷
あるかもしれませんね。でも大体、誰もが何かしら着てるわけで、それをどう着てるのかとか。電車なんかに乗ってても、私の前に座った人とか申し訳ないなと思うんですが、結構じろじろ見て、この人のここ、すごくこだわっているに違いない、とかね。
山崎
なるほど。目が細かいんですよね、たぶんファッションとか日常とかで、服を切り取る網目みたいなものが。僕はもう少し甘い気がするというか、ざっくり見てる気がするので。まだまだ話し足りないんですけど、下に移動して皆さんと話しながら続けましょうか。せっかく来てもらったので。
西谷
はい、ありがとうございました。
TOPへ

GUESTSGUESTS 一覧を見るMORE