銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン

隔週水曜19:00-20:00ON AIR
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PROFILE

株式会社中村活字 5代目主人
中村 明久

1910年(明治43年)に東京銀座(当時の京橋木挽町)で中村活版製造所として創業した中村活字の5代目として、印刷の主流が活版印刷からオフセット印刷へと変わる中、最新のオフセット印刷への対応などを進めるかたわら、活字の文化を守り伝えるため、活字書体を保有し、活版印刷を続けている。
同時に、活版印刷の魅力を少しでも多くの人に知ってもらうため、仲間達と「活版工房」を立ち上げ、活動している。
http://www.nakamura-katsuji.com/index.html

RADIO REPORT

vol.212016.04.1319:00-20:00

中村 明久 × 山﨑 晴太郎

山崎
松屋銀座屋上、ソラトニワ銀座からお送りしております。銀座四次元ポケットプレゼンツ、山崎晴太郎の銀座トークサロン。アートディレクター、デザイナーの山崎晴太郎です。それではここでゲストの方をお迎えしましょう。中村活字五代目主人、中村明久さんです。
中村
こんばんは。
山崎
こんばんは。ようこそいらっしゃいました。まずは、僕のほうから中村明久さんをご紹介させていただきます。1910年、明治43年ですね、東京の銀座で中村活版製造所として創業された、株式会社中村活字の五代目でいらっしゃいます。印刷の主流が活版印刷からオフセットに変わった現在でも、最新のオフセット印刷への対応を進めるかたわら、活字の文化を守り続けるため、活字書体を保有して活版印刷を続けられています。また、活版印刷の魅力を少しでも多くの人に知ってもらえるよう、「活版工房」を立ち上げて活動されています。本日はよろしくお願いします。
中村
よろしくお願いします。

活版を知ることで、デザインが変わる。

山崎
大先輩を前にして恥ずかしいんですけど、うちの会社でも活版印刷機を買ったんですよ。
中村
すごいですね。
山崎
趣味みたいなものなんですけどね。中村さんの会社は、ずっと銀座の街に店を構えていらっしゃるんですよね?
中村
はい、そうです。
山崎
何年ぐらいになりますか?
中村
今年で創業106年なんですよ。
山崎
106年。もう1世紀ですね。その間に街の様子もだいぶ様変わりしたんじゃないですか?
中村
それはね、関東大震災。その時に一度、焼けてるんですよね。
山崎
そうなんですか。
中村
それと戦争がありましたよね。その時に金属とかそういうのは「供出」と言って鉄砲の弾にするために回収されたんです。それで戦後、再建したんですよ。だから2回再建してるんです。
山崎
そうなんですか。その時は金属活字は全部なくなってしまったんですか?
中村
はい。だから先代は大変だったと思いますね。
山崎
なるほど。銀座には、もともと印刷屋さんが多かったんですよね?
中村
そうですね。銀座は文化の発祥の地でもありますし、出版関係、新聞社、それから印刷所が、明治初期に多く集まっていたんです。それが関東大震災でみんな焼けて、外へ移転したという感じですね。
山崎
その中で、今日まで銀座でやられてきた理由というのはあるんですか?
中村
ここは官庁が近かったしね。そうすると、官庁に印刷物を納める印刷屋さんが何百件とあったわけです。印刷は地場産業なんですね。でも、バブル以降には、ほとんどの印刷屋がなくなってしまいました。
山崎
なるほど、さみしいですね。
中村
戦前、戦後は、ほとんどの印刷が活版でやっていたから、活版屋さんがたくさんあって、それが時代と共に活版屋も衰退してしまいましたね。今はデジタルの世界ですから。
山崎
もしかするとリスナーには「活版印刷ってなんだろう?」と思っている人もいるかもしれませんね。簡単にご説明いただいてもいいですか?
中村
歴史をたどると、ドイツのグーテンベルグが1450年に活版印刷を発明しましてね。
山崎
大発明ですよね。
中村
ところが本来は、活版は中国から来ているんだよね。だから、もっと古いんですよ。
山崎
そうなんですか。それは知らなかったです。
中村
だけど中国は文化大革命などで古いものを全て処分した。本来は、中国から来ていると思うんですよね、活版印刷。
山崎
なるほど。記録上ですと、最初に刷られた本は聖書なんですね。42行聖書。
中村
グーテンベルグの活版印刷はルネッサンス3大発明のひとつなんですよね。それで人間の知識、つまり聖書を読んで文化が発達した。
山崎
それまでは、知識をそのまま遠くに届けるというツールがなかったですもんね。
中村
今はもうコンピュータ、インターネットの世界ですけどね。
山崎
僕もデジタル世代なんですけど、だからこそ、逆に今、活版のワークショップに参加したりして、手で文字を組む体験をすることで、これまでとは全く文字の見方が変わりました。
中村
それは言えますね。うちに来られるデザイナーさんも、活版を知ることによってデザインが変わるんですよ。それは、活版は余白の美なんですね。パソコンだと画面で文字しか出てこないですけど、活版というのは全部そこに埋まっているから。
山崎
余白も自分で組んでいきますもんね。押さない部分も型にガチってはめなきゃいけないので。
中村
そう。それを余白の美と言ってるんだけどね。
山崎
あそこにちょっと、センスみたいなのものが出ますよね。

失われるものと、つづいていくもの。

山崎
中村活字さんは、お祖父さんが創業されたということですけど、幼い頃からずっと、お手伝いされたりしていたんですか?
中村
いや。でも、上に住んでいたからね。
山崎
ご自宅だったんですね。初めて活版をやられたのって、いくつぐらいの時ですか?
中村
学生の頃だね。
山崎
嫌いになったことはなかったですか?
中村
昔はね、活版屋さんというのは3Kって言って、あんまり良いイメージじゃなかったんですよね。
山崎
製造業と一緒ですね。
中村
そうですね。だけど今は、ここ10年ぐらいかな、若い人が活版を見直してくれたんですよね。そういう流れになってるんです。なんでかって言うと、先ほど言われたようにデジタルの世界が無味乾燥で、そういうところの反動で活版が見直されてるようなところがあると思うんですよ。
山崎
それは間違いないと思います。今、素材もそういう流れがありますもんね。いわゆるケミカルで人工的な素材じゃなくて、自然素材回帰と言うか。人間の本質はやっぱりそういうところを求めるのかな、という感じもしますけどね。
中村
そうですね。
山崎
そういうものを残していくって言うとちょっとおこがましいんですが、その魅力を知らない人はまだまだ多いと思うので、伝えていきたいと思いますね。活版って、感覚的にはプリントごっこに近いような楽しさがありますよね。
中村
プリントごっこは何年か前に製造中止になりましたよね。
山崎
そうですね、なりましたね。
中村
ちょっと聞いた話によると、アメリカンスクールの方からブーイングがあったと言うんですよ。あれをものづくりの教材として使っていたらしくて。
山崎
学校の授業の中で。
中村
うん。それが製造中止になって、そこからブーイングが来たって。だからやっぱり、ものづくりをするってなにかがあるのかなと思うんですよ。今はほら、昔と違ってデジタルだから、コピーでもなんでもきれいに出るんですよ。ところが、プリントごっこはそれとは違う味があるでしょ?
山崎
なにか滲みが出てきたりとか。
中村
そうそうそう。そういうのがなくなっちゃったんだよね。
山崎
昔は、今みたいになんでもコピー&ペーストという感じではなかったですもんね。
中村
そういう世の中だから、緩みと言うか、なんて言うのかな。
山崎
余白や遊びみたいな部分ですよね。先ほどのお話にもありましたけど、最近はお客さんでも若い人のほうが多いんですか?
中村
うん、そうですね。先ほどご紹介いただいた「活版工房」という工房を、今から10年ぐらい前から毎月やっていて、今は隔月でやっているんですけど。そこで延べ、だいたい1,000人ぐらいが受講されてるんですよ。それで、最近もそうなんですけど、圧倒的に女性のほうが多いの。
山崎
そうなんですか。
中村
最初びっくりしたのがね、今から10年ぐらい前かな。ある女性の方が活版の印刷を見て、それのことを「かわいい」って言うんですよ。それを聞いたときにすごい衝撃を受けたわけ。だからそういう感性って言うのかな?やっぱり女性のほうがなにかあるのかなと。
山崎
そうかもしれないですね。ちなみに世代としては、どのくらいの層の方が多いんですか?
中村
僕はバブルの世代と今のバブルを知らない世代とで分けているんだけど。バブルを知らない世代のほうが感性が強いと思う。
山崎
それはなんでですかね。
中村
理由はよく分からないけど、来る人もそれくらいの人たちのほうが多い。
山崎
だいたい30代前後ですかね。
中村
そうだね。
山崎
参加された方々は、その後、なにかをやっていくとかって後日談があるんですか?
中村
いろいろな話があるんだけど。ワークショップを体験された方で活版印刷をはじめるというのが何人もいるんですよ。活版の機械を買って、自分でオリジナルの作品をつくるという方が何人もいます。
山崎
やっぱりなにか、魔力みたいなのがあるんですかね?
中村
うん。これは、台湾の話なんだけど。台湾の活字屋さんがこう言ってくれてるんですよ。活字の名前は、鉛ってね。金へんにハに口。それを向こうは、縁、縁側の縁。
山崎
はいはい。
中村
縁があるとかって。
山崎
なるほどなるほど。そういう字を当ててるんですね。
中村
そう。そういうふうに当ててるんですよ。だから、活字が縁、つながっていくように。そういうような感じです。
山崎
確かに。情報もつながっていくようなイメージがありますもんね。
中村
はい。
山崎
先ほど見せていただいた本に、台湾の活字帳がありましたけど、その中に日本のフォントもありましたよね。
中村
それは戦前、日本が台湾を統治した時のものが、そのまま機械も残っているんですよ。
山崎
それはまだ、現役で使えるんですか?
中村
現役で使っているんですよ。
山崎
そういうのって、台湾にはまだたくさん残っているんですか?
中村
いや、もうそこ1軒だけ。
山崎
それは残念ですね。
中村
ところが今、若い人がそれを残そうという動きがあるんですよ。
山崎
やっぱり、台湾でもそういう動きが広がっているんですね。
山崎
これまで、さまざまな紙に版を押されてきたと思いますが、「この紙がいいな」というのはありますか?
中村
4、5年くらい前に、雑誌で装丁家の方が紙を立ち上げたと言っていて。それが、ハーフエアという紙なんですよ。半分空気が入ってる。その雑誌の中で、その装丁家の方が「この紙がどういうふうに使われるか楽しみです」って言っていて。「そうだ、じゃあこれを使ってみよう」と思って、はじめて使ったんですよ。それで、うちがハーフエアを使ったら、ぱーっと広がったわけ。
山崎
なるほど。そこからあの活版の印象が出てきたんですね。
中村
そうなんです。
山崎
全然知りませんでした。じゃあ、やっぱりいろいろ試されてきたんですね。
中村
せっかく活版というのを押すから、若い人は「押してくれ押してくれ」って言うんだけど。
山崎
「強めで」とか言いますもんね。
中村
そうするとね、日本はね、和紙の世界なんですね。和紙に印圧をかけると裏に出ちゃうわけ。だから我々のような昔の職人は、そんなに印圧をかけない、きれいに刷るというのが常識。
山崎
技術の見せどころだったんですね。
山崎
技術の見せどころだったんですね。
中村
それが何年か前に活版のブームが起きて。それはアメリカから来ているんだよね。
山崎
そうなんですね。
中村
アメリカはレタープレスの世界だから硬い紙に印圧をかける。そういうカードとかが、いっぱい売っていたわけですよ。それを見た日本人の若い子が、日本でもやりたいというので。
山崎
なるほど。世界的にいろいろとつながってきますよね。そもそも情報を伝えるためのメディアなので、フォントの開発も、政治思想とかいろいろなものと結びついていますよね。
中村
フォントでいうとね、残念なことに活版はもうつくれないんですよ。活字の母型がもうつくられていないから。だから、新しく書体を開発して活字にするというのはちょっと難しいと思う。
山崎
なるほど。それはなんとかできないですかね?
中村
それで今、さきほどの台湾で母型をつくっているんですよ。
山崎
それはおもしろいですね。でも、もう日本でつくれるところがないというのは、ちょっと悲しいですね。

活字がつないでいく縁。

山崎
最近は、お仕事でいうと、どのようなものが多いですか?
中村
ほとんど名刺ですね。
山崎
それはやっぱり、デザイナーさんだったり、ショップだったり?
中村
それがもう最近は変わりました。今から6年前、ちょうど創業100年の時に、うちに来てくれたお客さんに添え書きを書いてもらったんです。それを今日持ってきていますけど。
山崎
なるほど。へぇ、すごいですね。やっぱり皆さん、想いがこもっていますね。
中村
そうなんですよね。
山崎
ちょっと感動しますね、これ。皆さん世代も違うんですけど、それぞれの人が活字に対する自分自身の言葉というのを持っているんですね。中村さんは、活字の魅力ってなんだと思いますか?
中村
我々は、ただ印刷してつくって差し上げるだけなんですけど、それが人から人へ手渡されますよね。その時に、もらった方が感じるらしいんですよ。活字というのは、一本一本手で拾いますよね。「そこに気が入るんだ」とある方が言っていて。
山崎
なるほど。
中村
その気が、その紙面に出てくるんじゃないかって思うんですね。
山崎
ちょっと分かる気がしますね。僕が最初に独立した時に、黒箔で名刺を刷ったんですよ。
中村
おぉ。
山崎
紙と印刷との掛け算から生まれる、受け取る側の感覚ってあると思って…。それで、羊毛紙に黒箔でつくったんですけど、その時は、やっぱり伝わるものがありましたよね。その時の名刺は、もう住所とかも変わってしまっているんですけど、未だに捨てられずにとってあります。
中村
いいですね。それとね、皆さんの仕事のあり方がここ10年で変わってきたと思うんですよね。うちに来られる方、フリーになったら必ずうちに来る。そういう伝説みたいなものがあるんです。
山崎
なるほど。ジンクスみたいな感じですかね?
中村
それで皆さんが、「名刺でつながる」とか、「名刺で出世した」とか、そういう言葉をかけてくれるわけ。それで、先ほどのノートに、あるライターの方が「活字という硬い物質が緩やかな波紋を広げていくことに感動します」って書いてくれて。
山崎
なるほど。そうですよね。
中村
そうですよね。
中村
別のある方は、「中村さんに素敵な名刺を作っていただき、そのおかげで会社は順調に成長しています。本当にご利益のある名刺です」と言ってくださるんですよ。
山崎
縁をやっぱりつないでいるんでしょうね。だってつくってもらった人同士でつながったりもしますもんね、そういうのって。
中村
そうなんですよ。だからおもしろい話がいっぱいあるんですよね。何年か前にはね、こういう話があるんですよ。ある女性の旅行ライターの方が、うちでつくった名刺を宿のご主人に渡したらしくて…。その2年後に、今度は旦那さんと一緒にうちに来てくれたんですけど、実はその旦那さんになった人というのが、2年前に名刺を渡した旅館のご主人なんだそうで。そのきっかけが名刺だったって。
山崎
へぇ、まさに縁結びですね。
中村
それで、その旦那さんからいただいた名刺を見ると、レイアウトが彼女の名刺のレイアウトと同じなわけ。それは、活版じゃなかったんだけど。でも、彼女の名刺が良かったから付き合いがはじまったと。
山崎
なるほど、すごい話だ。
中村
びっくりした。
山崎
こういう話をラジオで言うのもあれなんですけど、なんか今の印刷って、「データを入力したらこの値段ですぐ!」みたいなCMとかもやっているじゃないですか。でも、あれってやっぱり味気ないというか。僕もデザイナーとして就職したばかりの頃って、やっぱり印刷所の方との深いコミュニケーションがありましたしね。
中村
そうそうそう。昔はそうだったね。
山崎
今もできるだけ印刷屋さんとお付き合いをするようにしてるんですけど、そういう付き合いがない印刷屋さんが多過ぎるような気がしていて。以前は、まず、デザイナーとしての想いを印刷屋さんに伝えることから始まっていたような気がするんですよ。
中村
そうだね。
山崎
やっぱりどうしても「できない」と言われることもあるじゃないですか、「薄くて刷れません」とかあるんですけど。それでも「僕はここにこだわりたいんだ」とか、「インクも320パーまで乗せたいんだ」みたいな(笑)。そういう想いがつながっていって、形になっていったような、そんな感じはしますよね。
中村
そうですよね。今はデータでそれしか受け付けないというのが多いでしょう?
山崎
多いですね。「インターネットで入稿してください」とか。
中村
それが逆に、便利になり過ぎちゃったんだよね。
山崎
そうですね。ただやっぱり印刷に対する目もたぶん浅くなっているというか。昔はやっぱり、実際に見て、「網点がこうで」とか、「じゃあ黒をしめよう」とかっていう話があったじゃないですか。そういう話を、最近はあまりしていないなっていうふうには思いますね。

残り続けるものを、残し続けるために。

山崎
先ほど、中村さんのところで名刺をつくられた方のメッセージをいろいろと読ませていただいたんですけど。ただ一方で、世の中の人って、そこまで自分の名刺に対して想いがない人も多いと思うんですよ。その中で、お客さんと、こういう関係性が築けるというのは素晴らしいですよね。
中村
ちょっと考えられないよね。うちに来られた方がね、女性の方だったんだけど、うちに来ていろいろな話をさせていただいて、3人涙している人がいるんですよ。
山崎
それは、なぜですか?
中村
それがね、なんで泣いてるのか分からないんだけど。こっちが泣かしたわけじゃないのにさ。
山崎
なるほど。泣かそうと思っているわけでもない。
中村
そう。「なんで泣くの?」と思って。でもやっぱり、うちに来られる方は、独立したり、フリーになったり、新しいなにかをやる時につくりに来られるんだけど。その想いがこもっちゃうんだよね。それで、名刺をつくる時も対面でやるから。
山崎
目の前にお客さんがいて、一緒に組んでいくんですか?
中村
もう今はね、パソコンがあるからパソコンでデザインしちゃうんですよ。
山崎
なるほど。それを、お客さんと一緒にやるわけですね。
中村
そういうふうにやってるの。
山崎
1回に何枚ぐらいずつつくられているんですか?
中村
だいたい100が多いんだけど。今までで、一番多い人は2,000枚ですね。
山崎
それはすごいですね。でも、なくなったら絶対もう1回いらっしゃいますよね、皆さん。
中村
やっぱりリピートがあるから。
山崎
そうですよね。ただ、中村さんみたいな職人的な人がどんどん減っていくなかで、技術継承という問題もあると思うんですけど。
中村
技術継承と言ったら、先ほども話に出た「活版工房」っというワークショップをやってるんですよ。そこで若い方に、自分で組んでもらって。だいたい名刺が多いんだけどね。やっぱりね、自分でやったという達成感があるみたいで。みんな、すごく感動するんだよね。
山崎
確かに、そうでしょうね。
中村
パソコンでやれば簡単にできますよね。でも、そうじゃないわけ。一文字一文字自分の手で拾って組んで刷って。最後、解版といって文字を解すわけだよね。そこまでやるわけよ。
山崎
「活版工房」なんですけど、いつ頃からやられてるんでしたっけ?
中村
2006年に立ち上げて、2007年にワークショップをはじめたと思うんだよね。その前は、凸版印刷に博物館があるんだけど、そこの地下にワークショップをやっている印刷の家というのがあって、そこでやっていました。だから、体験した方がもう何千人っていると思うんだよな。
山崎
それは、このラジオを聞いている方で、それこそ「活版なんて知らなかったわ」とか、「私全然デザインとかの世界でもないわ」という方が行っても大丈夫なものなんですか?
中村
大丈夫です。
山崎
来ている方もけっこうそういう感じですか?
中村
そうですね。
山崎
確かにね、自分の名刺をそれだけの想いこめてつくってみるということはなかなか体験できるような話ではないですからね。ちなみに、今後なにかやっていこうと思われていることとかありますか?
中村
若い人がね、活版を見直してくれているから、次への橋渡しという位置でありたいなとは思いますけどね。
山崎
「弟子を」とかはあるんですか?
中村
弟子というんじゃなくて、「想いを」という感じかな。
山崎
なるほど。どこかのタイミングで、「次の世代に」という話が出てくると思うんですけど。その時に、どんなメッセージを伝えたいですか?
中村
やっぱりこれから産業としてはもう30年も前から衰退の一途で、ほとんど伸びる余地がないんだよね。だけど物質として残るわけ、活字というのは。だからそれを残った活字で印刷物を世に出してもらいたいよね。
山崎
なるほど。活字は死なないということですよね。
中村
そうそうそう。
山崎
データは飛んじゃいますからね。
中村
飛んじゃうからね。
山崎
ちなみにワークショップには、どのように申し込めばいいんですか?
中村
ネットで「活版工房」というところで検索していただければ、募集がかかりますのでよろしくお願いします。
山崎
なるほど。メールで申し込みができるんですね。皆さん、ぜひチェックしてみてください。ということで、最後にリスナーの方にメッセージをお願いします。
中村
これから若い方にやっぱり活版を改めて体験していただいて、活版をもう少しだけ大切にしてもらいたいなと思います。
山崎
この時間は中村活字五代目主人、中村明久さんをお迎えしました。本日はありがとうございました。
中村
ありがとうございました。

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