銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン

隔週水曜19:00-20:00ON AIR

EVENT REPORT

vol.152016.01.1519:00-20:00

大地千登勢 × 山崎晴太郎 / REAL TALK SALON

山崎
ラジオは緊張しましたか?
大地
最初は。でも途中からは、「しゃべらせて!」みたいになっちゃってましたね(笑)。
山崎
ラジオだとビジュアルでなにかを伝えることが難しいんですけど、今日はいろいろと持ってきていただいているんですよね?イベントでは、そのあたりも見させていただきたいなと思います。今日は大地さんにとって、ちょっと記念すべき日なんですよね?
大地
そう!今日から「C&(Chi and)」という個人事業主になります。それで今日のイベントに合わせて、WEBサイト(http://candheart.com/index.html)を立ち上げてきました。
山崎
「C&」って言う名前には、どういう意味が込められているんですか?
大地
小さい頃からおじいちゃんと父親が、私のことを「チイ」とか「チイすけ」って呼んで、男の子みたいに育てられたんですよ。その後も、「チイちゃん」とか言われてきたんだけど、仕事をするようになって「大地さん」って呼ばれるようになって、それがすごく嫌で。もう一回、チイに戻そうと思ったのと、誰かと一緒に組まないと私の仕事って成り立たないので、誰か横に来てねっていうので「C&(Chi and)」っていうふうにしたんですけど。
山崎
なるほど。今日は展覧会のカタログも持ってきてもらっているんですよね?ちょっと、見せてもらっていいですか?
大地
はい。2月にオランダのロイドホテル(Lloyd Hotel)で、日本のクラフトに特化した「MONO JAPAN」という展覧会が行われるんですけど、このカタログはそこに置く予定です。展覧会では、平戸を紹介しようと思っているんですけど。皆さん、平戸って知っていますか?
山崎
たぶんほとんどの人が、「知っているけど、行ったことはない」という感じじゃないですかね?
大地
平戸って、長崎の出島以前に唯一開国していた場所で。西洋の人も、東洋の人もいて、いろいろな文化の交流があったんですね。たとえば、煙草だったりビールだったりとかも、最初に入ってきているんだけど、お砂糖もそのひとつとしてあって。もともと九州自体が開かれた場所で、沢山の文化が入ってきているんですけど、その中でも、平戸はお砂糖やお菓子の文化がすごくおもしろい。それで、平戸の松浦家のお殿様が江戸時代の末期に『百菓之図』という、100のお菓子を紹介した辞典をつくったんですね。
山崎
その『百菓之図』の資料も皆さんに見てもらっていいですか?
大地
はい、どうぞ。じゃあ、ちょっと前の方から回してもらって。
山崎
この辞典、すごく素敵ですよね。
大地
そうそう。色が素敵で。他にもおもしろいお菓子が沢山あって、カスドースというポルトガルから来たお菓子だったりとか、更紗という名前の東アジアのほうから来たお菓子だったりとか。それで、平戸の新しい和菓子文化を世界に発信したいと思っていて、第一段目は『百菓之図』に載っているお菓子をもとにジュエリーをつくって、オランダに持っていく予定なんですね。
山崎
なんで、ジュエリーなんですか?
大地
和菓子って五感で感じるもので、そこに季節とかが反映されるんだけれども、名前ひとつで状況を言い表したりするんですね。素材は変わらないわけですよ。それで、名前とか、香りで変化をつけていく。そういう五感で感じるものとして、ものすごく感受性豊かにつくられたものだから、アート・ジュエリーとつながるところがあると思ったんですね。
山崎
なるほど。
大地
それで、お菓子の木型にインスピレーションを受けて、今回、ジュエリーをつくってもらおうと思っています。そのジュエリーを付けて、ロイドホテルのすてきな空間で、西洋と東洋が混ざり合ったようなお茶会をやりましょうと。オランダも、平戸と同じように、海を通じていろいろな国とつながっていた国なので、海をテーマにピアノを弾いてもらって、お茶を飲んで、ジュエリーを見る、ということを計画しています。
山崎
日本の茶道文化って、とても強い美意識があるじゃないですか?あれって、お茶だったり、所作だったり、いろいろなものが複合して、できていると思うんですけど。平戸でいうと、お茶とお菓子の関係性ってどうなっているんですか?
大地
これは私の解釈だけど、私にとって、お菓子ってお花みたいな感じなんですね。なんて言うか、華やかになるというか。あと、そのお茶会の意味をもっと深くするようなものですね。
山崎
一般的に和菓子というのは、お茶という文化と密接に関係があって。「いかにお茶を引き立てるか?」「いかに見えない情景を伝えるか?」というような役割の中で発展してきたものだと思うんですね。でも、平戸のお菓子というのは、また違った成熟の仕方をしてきたものなんですか?
大地
当時、砂糖ってものすごく貴重だった。でも、平戸には砂糖がふんだんにあったから、お菓子というものが一般の人たちにも浸透していたんです。平戸のお正月にはお菓子が沢山登場するし、お盆の時に飾る彫刻のようなお菓子もある。今でも、小さな島なのに、お菓子屋さんがすごく沢山あるでんすよ。
山崎
じゃあ、その時代からずっと、平戸らしいお菓子というのが独自の進化を遂げてきたわけですね。
大地
それがね、ずっと平戸のお菓子文化というのがつづいてきているわけではなくて。『百菓之図』って、江戸時代の後期につくられたんだけど、実は、その頃にはもう平戸のお菓子らしさが失われていたんですって。
山崎
へぇ、そうなんだ。
大地
かつて平戸は海外との貿易で栄えて、それで独自のお砂糖文化とか、お菓子文化も発展していたんだけれど、その貿易の中心が出島に移ってしまったんですね。それで、オランダとの交流もなくなって、平戸は貿易ではなく漁業の街になっていったんです。
山崎
なるほど。それで、平戸らしいお菓子というのもつくられなくなっていったわけですか?
大地
色々なことが考えられますが、そうだと思います。それを当時の松浦家のお殿様が残念に思って、『百菓之図』をつくらせたわけです。かつて、平戸には誇るべき砂糖やお菓子の文化があったということを、ちゃんと町の人々に知ってもらおうと思って。自分たちのためじゃなくて、町の人たちのためにまとめるんですね。私が調べた範疇だと、こういう本が残っているのは、他には「とらや」さんくらいで、お殿様がまとめたというのは『百菓之図』だけだと思います。
山崎
この時代に、一般の人に町の文化を伝えようという発想がすごいですね。ちなみに、『百菓之図』というのは図鑑ですか?それともレシピ?
大地
どういうふうにつくるかというレシピも書いてありますね。あと、いくらで売られていたのか、という値段も書かれている。
山崎
わりと実用的な感じなんですね。
大地
そう。でも、そこからいろいろと想像できることもあって…。たとえば、当時はキリスト教が禁止されて、混血の子供たちはみんな東南アジアのほうに送られてしまって、自分の故郷に戻って来られない、というような哀しいお話が沢山あった。その中で、「更紗」という名前がついたお菓子があったりして、それは単に東南アジアから更紗の着物が入ってきたからというだけではない、隠された深い悲しみのようなものがあったのではないかな、と思うんですね。それをもう一回、見えなかった物語が見えるように掘り起こしていきたいな、と。
山崎
なるほど。そういう話をオランダのアーティストにして、ジュエリーをつくってもらうわけですよね。その時に、僕たちが話を聞いて感じることと、オランダの人が感じる感覚って、やっぱり少し違うものですか?
大地
それがね、あんまり違いを感じないの。今は、ロイズ・マライヤンというオランダのアーティストであり、デザイナーでありという人と一緒にこの平戸のお菓子のプロジェクトを進めているんだけれど。感じ方という意味では、ほとんど同じなんじゃないかな。
山崎
オランダの人でも、同じ感覚を共有できる?
大地
それは、私と彼女が共通している部分があるからかもしれないけれど。私は、自分のことを野育ちだと思っていて。マライヤンもお父さんがヒッピーだったらしくて、野育ちなんですよ。
山崎
「野育ち」って、はじめて聞く言葉ですね(笑)。
大地
なんて言うのかな、アウトドア育ち?わからないけど(笑)。それで、彼女とやっている別のプロジェクトで八重山に一カ月くらい一緒に行った時に、周りに誰もいないし、別に真っ黒になるもの構わないという感じで、ふたりで裸になって海で泳いで。「そういうことができる人は、オランダにもあまりいない」と彼女は言ってましたね。人は環境で作られるということは大きいですね。
山崎
素直な人間のコミュニケーションという感じがしますね(笑)。
大地
思うように言葉も通じないでしょう?そうしたら、コミュニケーションもプリミティブになっていって、結局は、人と人という部分が残るんですね。だらか、「何人だから」という国籍なんかは、あんまり関係ないんじゃないですかね。
山崎
なるほど。ちなみに、平戸の次に考えている企画はあるんですか?
大地
今は、織物をやりたいと思っていて。
山崎
織物。なぜまた?
大地
最近、女神の研究をしていているんですけど、その女神の仕事のひとつとして、織物というのがあるんですね。
山崎
女神から織物に興味を持たれたわけですね?
大地
そう。沖縄の八重山というところがあって、そこの織物がすごく素敵なんですよ。八重山だけで、たぶん10種類以上の織物があって。それは、海に囲まれた島で、海に出た男たちが「無事に帰ってきますように」という想いを込めて織られたものなんですね。島という環境のなかで、独特なものが生まれていて…。すごく惹きつけられるんです。
山崎
それは、織物を織ってみたいということですか?
大地
いや、自分で織ろうとは思わないですね。八重山の織物を通して、なにかを伝えるようなプロジェクトをやってみたいな、という気持ちです。まだ、なにも具体的なものは決まってないんですけど。ただ、八重山に関しては、ちょっと難しいかもしれない。どうしても、外からいって、すぐには入り込めない部分があって。
山崎
よそ者が、スッと入り込めるような雰囲気ではない?
大地
島の文化だから、外の人たちをある程度のところまでは受け入れてくれるんですけどね。ただ、やっぱりコンサバな部分もあって。あと、近代になって、織物ってすごく値段が高くなってしまったでしょ?そういうところで、彼らのプライドというのも、少し違う方向に行ってしまう人もいます。
山崎
なるほど。もともとやられていたアート・ジュエリーもそうですし、平戸のお菓子や今の織物の話にしても、大地さんの欲求の源泉というのは、「伝えること」にあると思うんですね。それで、その伝え方というのが、大地さんはすごく稀有なものを持っているなぁと感じていて。
大地
それは、どういうふうに?
山崎
伝える人って、たぶん2種類いると思うんですね。ひとつは、ファクトをストレートに伝える人。要は、まだみんなに知られていないものを、「これがいいんだよ!」と、その物のよさを素直に伝えるイメージですね。もうひとつが、なにかを伝える時に、そこの中に、必ず自分が入り込む人。こういう伝え方をする人の方が数は少ないと思っていて、でも、大地さんは確実に後者ですよね。
大地
そうですね、確実に(笑)。
山崎
大地さんみたいなタイプの人って、結局は「自分でつくりたい!」という方向に行くことが多いと思うんですね。でも、大地さんの場合は、軸はずっと「伝えたい」派にあるじゃないですか?「それってどういう思考なんだろう?」とずっと不思議に思っていて…。
大地
うーん。でも、結局は、自分の目を通さないと、人に伝えられないと思いませんか?
山崎
それはそうなんですけど、その「伝える」というアウトプットのところに、自分の意思や想いが入ってしまうことが「ノイジーだな」と感じるようなことはないですか?
大地
ないですね。やっぱり、最終的に「美というものを伝えたい」というゴールがはっきりしているので。私、自分のことを「稀に見る、最後の野育ち」だと思うんですよ(笑)。本当に、どんどん街が変わっていく前の、最後の田舎育ちの世代で。そこで見た自然の美しさというものが、絶対的な美の基準として自分の中にあるんですね。それは、絶対に超えられないもので、すごく儚くて、脆いものということもわかっていて、なぜか、そういうものを人と重ねちゃうんですよね。
山崎
そういうもののエッセンスを、いろいろな文化のなかに見つけに行って、それを伝えていく作業という感じですか?
大地
そう。それを物語として伝えたいと思いますね。
山崎
美って、すごく偉大じゃないですか?僕も、「美を伝えたい。つくりたい」と思うんですけど、まだ自分のなかに美に対する答えを持っていないんですね。だからこそ、それを探すために自分の一生はあって、きっと見つからずに死んでいくのかな、とも思うんですけど。ただ、大地さんの場合は、自分のなかにすでに美の答えがあるわけですよね?それが、とても羨ましいし、その先にどんな景色を求めているのかな、というのは気になりますね。
大地
自分のなかに答えがあるかどうかはわからないんですけど、「超えられないものだ」というふうには思っているかもしれないですね。「これ以上に美しいものは、きっとないんじゃないかな」と、どうしても思ってしまう。
山崎
超えられないけれど、挑み続ける?
大地
人って、見たものを通していろいろなことを感じるでしょ?怖いものを見たら、「怖い」と思うだろうし、美しいものを見たら、「美しい」と思うだろうし…。結構、単純だと思うんですよ。いろいろなものを見せる人、つくる人がいるけど、だったら私は、やっぱりきれいなものを伝えていきたい。見て心地いいものとか、居て心地いいものとか、聞いて心地いいものを伝えていくほうが、私は好きだなって思います。
山崎
なるほど。先ほどの女神の話とか、まだまだ聞きたいことがいっぱいあるんですけど、ちょっと時間も迫ってきているので。続きは、下で飲みながらみんなで話しましょうか?
大地
はい、では、ありがとうございました。
山崎
どうもありがとうございました。
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