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PROFILE

劇作家/演出家/俳優
土田 英生

1967年、愛知県生まれ。1985年立命館大学入学と同時に演劇を始める。1989年に「B級プラクティス」(現MONO)結成。1990年以降全作品の作・演出を担当する。
張りつめた状況の中に身を置く普通の人々の佇まいや認識のズレから生じる会話の可笑しさや哀しさを軽快なテンポで見せることで評価を得ている。
1999年『その鉄塔に男たちはいるという』で第6回OMS戯曲賞大賞を受賞。2001年文学座に書きおろした『崩れた石垣、のぼる鮭たち』で第56回芸術祭賞優秀賞を受賞。2003年文化庁の新進芸術家留学制度で一年間ロンドンに留学。劇作と並行してテレビドラマ・映画脚本の執筆も多数。
http://www.c-mono.com/stage.html

RADIO REPORT

vol.92015.10.0219:00-20:00

土田英生 × 山崎晴太郎

山崎
ソラトニワ銀座をお聞きの皆さん、こんばんは。山崎晴太郎です。本日のゲストは、劇作家・演出家の土田英生さんをお招きしています。演劇のカテゴリーは初めてですね。実は、僕も昔、舞台をやっていた時期があって、表現の原点として、その経験があったりするので、演劇のお話をいろいろとしたいなと思っています。それでは、ここでお迎えいたしましょう。劇作家・演出家の土田英生さんです。
土田
こんばんは、よろしくお願いします。
山崎
まずは簡単にご紹介させていただこうかなと思うんですけど、土田さんは、1969年、愛知県のお生まれなんですね。85年、立命館大学入学と同時に、演劇をはじめられて…。89年に「B級プラクティス」、現「MONO」を結成されました。90年以降、全作品の作・演出を担当されているということですね。そして、99年『その鉄塔に男たちはいる』で、第6回OMS戯曲賞大賞を受賞。2001年文学座に書き下ろした『崩れた石垣、のぼる鮭たち』で、56回芸術祭賞優秀賞を受賞。テレビドラマや映画、演劇の執筆も多数。かつ、留学制度でロンドンにも行かれているんですね?
土田
もう10年ぐらい前になりますけど。
山崎
ということで幅広くご活躍されている、土田さんにいらしていただいております。今日はよろしくお願いします

無意識から生まれる、社会へのリアクション。

山崎
この間、舞台を観させていただきました。タイトルが『算段兄弟』ということでしたが、内容を簡単に説明していただけますか?
土田
そうですね。とにかく女性にだらしない父親がいて、子どもができると離婚するというのを繰り返した結果、父方だけの血を持った子どもたちがいっぱいできたんですね。彼らはほとんど会ったことがなかったんだけど、その父親が、もうすぐお亡くなりになるというので、兄弟なのにはじめて集まって、そこで遺産の算段をする。それで『算段兄弟』というタイトルなんですけど。その中で、「自分たちの関係ってなんなんだろうね?」みたいなことを考えていくという、そんな話ですね。
山崎
とてもおもしろかったです。あの舞台は、リライトした作品なんですよね?リライトしようと思った経緯というのはなんだったんですか?」
土田
やっぱり時代の変化ですね。もともとは15年ぐらい前に書いた作品で、その時は「血のつながりってなんだろうな?」くらいの考えだったんですけど。今、なんかね、ちょっと世の中が殺伐としていますよね。逆に、血の結びつきみたいなものも、変なふうに使われていて、すぐに「仲間だろう?」みたいな、すごく強要されるような同調圧力を感じる世の中になってきているので…。ちょっと昔の作品に手を加えて、「血のつながりなんて、どうでもいいじゃないか」というような視点を入れたのが、一番大きな書き直しだったと思います。
山崎
それはやっぱり「これを伝えなきゃ」とか、社会の中で「これを俺は表現しなきゃ」とか、そういうエネルギーから生まれるものなんですか?
土田
それはないですね。これって、デザインする時もそうじゃないかなと思うんですけど、たとえば、「この図形、ここにあるといいな」とか。もちろんベースの知識とか、経験がおありだと思いますけど、そこに最初はあまり理由がないじゃないですか?
山崎
そうですね。
土田
その感覚にすごく近くて。それが結果として、どこか自分の社会に対するリアクションになっている気がします。でも、普段から「嫌だな」と思っていることが出てきちゃったりするんでしょうね。
山崎
無意識のソースというか、魂の叫びみたいなところですよね?
土田
そうそうそうそう。
山崎
なるほど。でも、昔の作品をリライトするって、ちょっと怖かったりはしないですか?
土田
そうなんですよ。昔すごく褒められた記憶だけがあって、今読んでみると、「そんなにおもしろいかな?」みたいなものをやる時に、褒められた部分を残したいじゃないですか?けれど、どこがいいのか自分ではわからないので、それはちょっと、おっかなびっくりになりますね。最終的にはそんなことも関係なくなっちゃいますけど。
山崎
この舞台はすでに全日程が終了されたと思うんですけど、いかがでしたか?
土田
楽しかったですね。特にこの舞台は、「土田英生セレクション」っていう、いつもの劇団とはちょっと違う形でやらせてもらって。過去2回は、田中美里さんとか、今井朋彦さんとか、酒井美紀ちゃんとか、中島ひろ子さんとか、わりとテレビや映画で活躍されている方に出てもらっていたんですけど。今回は、小劇場で活躍している人と、あとはわりと若手の人たちを集めて…。そういう人たちとつくるっていうことが、非常に新鮮でしたね。本当に劇団を立ち上げているような、若い時に劇団をつくった時の感じでやっていると言うか。
山崎
確かに、それは楽しそうですね。
山崎
先ほどラジオがはじまる前にもちょっと話をしていたように、僕も「役者になりたいな」と思っていた時期があるんですよ。その後、進路を考える時に思っていたのは演出家だったんですが、そのきっかけは、最初に観たジュリー・テイモアのライオンキングだったんです。
土田
すごいものを見ていますね、いきなり。
山崎
高校1年生とかだったと思うんですけど、反抗期ど真ん中の時期で。その時に、親父に連れられて行ったんですよ。
土田
親父はたぶん、ライオンキングの父親ライオンの気持ちだったんですかね、「お前は、シンバだ」みたいな。
山崎
そうそう、「叩き落としてやる」みたいな(笑)。そうしたら、舞台がはじまって3秒で涙が出てきて。
土田
最初の、「ハアーハアー」のところですよね。
山崎
そうです。「ハアーハアー」って聞いた瞬間に、涙が出てきて。その時ですね、「演出ってすごい」と思ったのは。それこそ、僕が「一生、表現というもので生きていこう」と思った、一番のターニングポイントでしたね。
土田
じゃあ、そこは今でも変わってないということですよね?
山崎
変わってないです、全然。だから、あんまり手段は選んでいなくて、その後も写真をやったり建築をやったり、いろいろやっているんですけど、基本的な軸はやっぱりそこにあると思っているんですよね。
土田
ライオンキングは、特にね。オープニングが秀逸ですから。
山崎
すごいですよね。斜に構えて、ちょっと45度ぐらい後ろに傾いて座っていた反抗期の僕が、しかも隣に親父がいて、それでも、あの時は涙が我慢できなかったんですよね。土田さんはそんなきっかけって、なにかありますか?
土田
高校を卒業して、大学に入って、お笑いがやりたかったんで、最初は落語研究会に入ったりしたんですよ。で、よくありがちですけど、大学のサークル勧誘みたいなのに、かわいらしい先輩がいて、「君たち、サークルは決まったの?」みたいな感じで誘われて、それで入っちゃったという。
山崎
それから、ずーっと演劇をやられていると。その「一生やっていこう」と決めた瞬間というのはありますか?
土田
僕は親に対してじゃないですけど、高校の時にクラスでわりと冷めた感じの子だったんです。哲学とかをよく読んでいて、そういうのをみんなにしゃべったりして。ある時、突然嫌われたんですよね(笑)。
山崎
「なに小難しいことを言っているんだ」みたいな感じで(笑)。
土田
嫌われると、またほら、哲学をかじっているもんですから、嫌われた理由を哲学的に人に聞きにいったりするんですよ。最終的に、「哲学坊や」ってあだ名をつけられて(笑)。それで、だんだん人としゃべれなくなっちゃって。その体験で、ちょっと斜に構えて、「クラスのみんなが笑っても自分は笑わない」みたいな状態で大学に行ったんですけど。ある劇の役をもらって、そしたら斜に構えていたはずなのに、怖くてしょうがないわけですよ。「嘘だろう?」って、「今から出るの、俺?」って。「こんなに膨大なセリフをしゃべるの、むりむりむり」みたいな。でも、無我夢中でやったら、本当に月並みな話ですけど、もうどうでもよくなっちゃったんですね。
山崎
なるほど。
土田
終演後、急に泣けてきちゃって…。憑き物が落ちるっていうんですかね?もうすごく幸せで、感情や身体がいっぱいいっぱいになっちゃって、ワンワン泣いて、格好つける必要もないし。もう一生、演劇やろう、と思いましたね。
山崎
なるほど、いい話ですね、それは。じゃあ、演劇に救われたという感覚もあるんですか?
土田
本当にそうです。本当に、演劇と出会ったことで、うまく生きる杖を見つけさせてもらったな、というふうには感じていますね。

舞台とテレビの演出の違い。

山崎
最初は役者をやられていて、どこから演出のほうに進まれたんですか?
土田
大学を中退して、東京に出てきて、劇団に入ったんですけど…。そこで、ちょっと合わなかったんですね。そこのお芝居に、自分が。結局1年で退団したんですけど、やることがなくなっちゃって。それで京都に戻って、学生時代の仲間を集めて劇団をつくったんですよ。その時に「言い出しっぺだから、台本を書けよ」という感じで書き出したというか。
山崎
なるほど。役者っていうものから徐々にシフトしていかれたと思うんですけど、「それでも、俺は役者だ」みたいな、そういう想いはなかったですか?
土田
ありました。あったんですけど、だんだんと書くほうに仕事が集まりだして、「出演したいんだけどな」と思いながら書いているうちに、こっちが本業になっちゃったっていう。
山崎
社会が決めていくみたいなところはありますよね。
土田
そうなんですよ。未だにちょっと未練はあるんですけどね。
山崎
すごくわかります、それ。社会に求められるものがそれではないというか…。僕は昔、写真をやっていて、最初はカメラも自分でシャッターを押していたんですけど。だんだんとアートディレクターみたいな立場になって、そうすると、自分で撮ると変じゃないですか。
土田
ある時に、なにかを諦めていく瞬間というのがあるんですよね。僕も自分で役者がうまいと思っていたんですよ。メンバーを集めてやりだすと、みんな俺より下手だと思っていた。でも、下手だと思っていたはずの役者が、ふと、自分にできないことをちょっとやれていたりするんですよ。僕もいろいろな方向に手を出すので、スタッフも音楽も自分で決めたくなったり、照明もいじりたくなったり…。でも、ある時に、自分の信用した人に任せるということができるようになったら、ちょっと大人になったような気がしたんですよね。
山崎
そうですね、そういう感覚はありますね。結果、任せた方がいいものになるんですよね。誰かに任せはじめると、作るもののスケールも広がるし。
土田
そこは、餅は餅屋なんですよね。
山崎
土田さんは、舞台だけではなく、テレビや映画など幅広い演出を手掛けられていますが、メディアによる演出の方法論の違いはありますか?
土田
そうですね。演劇はやっぱり、ひとつの場で、ミクロを書かなきゃいけないですよね。ミクロを書いて、そこから全体をつくっていく。映像の場合は、全体の骨組みからなにを見せるかを考えていくので、方向性が全然違いますね。
山崎
その両方をやられているというのは、表現の幅的にバランスを取っているところもあるんですか?
土田
今はそうですね。もともとは、演劇をやりたいだけだったので。ただ、演劇、舞台だけではね、なかなか収入的にも厳しいので。こんなことを言ったらテレビの方たちに失礼なんですけど、最初にテレビドラマの話がきた時は、もうアルバイト感覚でしたよ。「やった、いい儲け口が見つかった」みたいな。そういう状態でやっていたんですけど、やっぱりやっているうちに「視聴率が」とか言われて悔しくなったりして、「テレビドラマにはテレビドラマのおもしろさがあるな」と思いはじめて、今は両方バランスを取るためにやっているところがありますね。
山崎
その両方をやられているというのは、表現の幅的にバランスを取っているところもあるんですか?
土田
今はそうですね。もともとは、演劇をやりたいだけだったので。ただ、演劇、舞台だけではね、なかなか収入的にも厳しいので。こんなことを言ったらテレビの方たちに失礼なんですけど、最初にテレビドラマの話がきた時は、もうアルバイト感覚でしたよ。「やった、いい儲け口が見つかった」みたいな。そういう状態でやっていたんですけど、やっぱりやっているうちに「視聴率が」とか言われて悔しくなったりして、「テレビドラマにはテレビドラマのおもしろさがあるな」と思いはじめて、今は両方バランスを取るためにやっているところがありますね。
山崎
それは役者さんも全然違いますか?両方をクロスオーバーする方もいらっしゃるじゃないですか?
土田
これは、僕が舞台びいきだからかもしれないけど、舞台がよかった人はわりと映像にいく気がするんですよ。たとえば、脚本家でも、三谷幸喜さんとか、宮藤官九郎さんとか、みんな舞台を書いていて、そこから映像に進むという感じですよね。逆のパターンもあるにはありますけど、そんなにいい流れがない気がするんですね。だから、舞台が一番シンプルなぶん難しくて、そこをやって他にいくっていうのが理想かな、というふうには思っていますね。やっぱり、自分も軸は舞台かなと思っていますけどね。

演劇を、もっと若い人々の側へ。

山崎
土田さんは今、若手の育成講座もやられていますよね?あれはどういうきっかけではじめたんですか?
土田
単純にまず、自分が若い子と出会いたいという気持ちもありましたし、演劇離れって言われているんですよ、今。客席が高齢化してきているんですよね。それはそれでいいんですけど、やっぱり若い子たちが興味を持たないものって絶対に広がらないですから。とにかく若い子たちに舞台を見に来てほしいし、若い子たちに参加してほしい、という。それで俳優講座も自分でちょっとやってみたり、入場料金もできる限り下げる試みをしてみたり、いろいろなことをしているんですけどね。
山崎
やっぱり、若い人はなかなか足を運んでくれないですか?
土田
なかなか来ないですね。昔はやっぱり景気がよかったのもありますし、チケット代も今ほど高くなかったので、たとえば演劇が好きな人が、一番好きな劇団がAというところでも、ついでにBもCも観るというようなことがあったんですけど、今はAしか観ないとか。あとは、イケメンがワッと出る芝居とか、そういうのには人が集まりますけど、そうじゃないものに入らない、みたいな。だから、ちょっと二極化しちゃっていて…。すごくアーティスティックなものとの間の普通のエンターテイメントがやせ細っている気がするので、そこを太くしたいなと思っているんですね。
山崎
周りにもなかなか観にいく人がいないですもんね。「どこ行くんですか?」って言われて、「今日は演劇でさ」とか「舞台がさ」とか言っても…。
土田
なに、友達がいるの?」ってなっちゃうんですよね。「ライブに行ってくる」って言うと、「へぇ〜、好きなバンドがあるんだ」って聞くくせに。演劇って言うと、変わった人か、友達がやっているかどっちかでしょ?これは、やっぱりまずいなと思って。
山崎
あれ、なんででしょうね?
土田
わからないですけど、小学校とかで最初に触れる劇っていうもののイメージが、よくないんじゃないかなって。小学校で『象列車がやってきた』という劇を見たんですけど、「象列車がきたゾウ」とかなんとか言われて、「これで笑えって言うのかよ」って、子供心に思いましたから。だから、演劇がちょっと格好悪いものだって思われちゃっているんでしょうね。
山崎
なるほど。そうですね、確かに。それを変えていくために、他にもなにかやられているんですか?
土田
わからないですけど、小学校とかで最初に触れる劇っていうもののイメージが、よくないんじゃないかなって。小学校で『象列車がやってきた』という劇を見たんですけど、「象列車がきたゾウ」とかなんとか言われて、「これで笑えって言うのかよ」って、子供心に思いましたから。だから、演劇がちょっと格好悪いものだって思われちゃっているんでしょうね。
山崎
なるほど。そうですね、確かに。それを変えていくために、他にもなにかやられているんですか?
土田
映像の仕事をさせてもらっているのも、そういう活動のひとつでもありますね。なるべく、そういう方向で、まずはお客さんに知ってもらって、「こっちが本業なんで観に来てください」っていう形で、「意外と敷居が低いね」って思ってもらえたらな、とは思っていますけどね。
山崎
生の文化って、最近はちょっと見直されはじめているじゃないですか?たぶん、音楽業界からの影響が大きいと思うんですけど。
土田
そうですね。あれがね、そういうふうにつながってくれたらいいなと思っているんですけどね。本当に、空気を感じてほしいですね、やっぱり。
山崎
肌感みたいなものがありますもんね。僕は、落語も好きで。
土田
そうでしょ。落語もやっぱり、観にいくと笑えるじゃないですか?あれはやっぱり、呼吸なんですよね、演者さんとのね。
山崎
では、これから先に、演劇でなにか実現したいこととかってありますか?
土田
そうですね。とにかくやっぱり演劇が世の中で、一般の人にもっと認知されるようになりたいな、と。カラオケはあるじゃないですか?「だったら、カラアクティングみたいなのはどうだろう?」とか。アクティングボックスみたいなのがあって、台詞が出てきて、芝居を自分でしてみる、みたいな。
山崎
ビジネスとかでもよく使われますもんね、ロールプレイングみたいなのは。
土田
そうなんです。もともと、演劇というのは、ロールプレイングですから。だから、イケメンを相手に恋愛に落ちてみるとか。そういう体験をしてみることが、肉体を使ってできるようになったり。演じてみると、人の気持ちもわかりますし。そういう意味で、演劇がもうちょっと身近になってほしいっていうのが僕の夢ですかね。
山崎
なるほど。ありがとうございます。それでは、最後になりますが、リスナーの皆さんにメッセージをお願いします。
土田
あまり演劇に馴染みがない人が多いと思うんですけど。やっぱり、実際に肌で感じるっていうのは全然違うので、僕の芝居じゃなくてもいいですから、なにか演劇に一回出かけてみて、おもしろくなかったら、おもしろくなかったで仕方ないですから、とりあえず一回行っていただきたいというのが、僕からのお願いでございます。
山崎
この時間は劇作家・演出家の土田英生さんを迎えいたしました。本日はありがとうございました。
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