銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン

隔週水曜19:00-20:00ON AIR

EVENT REPORT

vol.122015.11.1319:00-20:00

菅付雅信× 山崎晴太郎 / REAL TALK SALON

山崎
このアフターイベントは、いつもは僕とゲストの方でトークをするんですが、実は、うちのプロデューサーである小林が、菅付さんがやられている「編集スパルタ塾」に去年通っていたということで、今日は3人でお送りしようかな、と。
小林
はい、よろしくお願いします。今日は、菅付さんの新著『物欲なき世界』について、いろいろとお話を聞きたいなと思っています。事前に本の構想などもお伺いしていて、本当にすごい取材量だなと驚いたんですけど、いろいろと取材をされた中で、特に印象に残っていることはありますか?
山崎
若くて、次なる時代を見据えている人たちが、いろいろな国のいろいろな都市に沢山いるということを知れたことが、僕にとって最大の希望ですね。そういう若い子たちが、資本主義の限界というのを肌身に感じていて、その次のことをやろうと動き出しているのはすごく感じました。
菅付
本を読んでみても、その新しい動きにすごく共感するところがあって…。でも、いざ自分のことを振り返ってみると、私は結構、物欲が強いほうなので、「これからどういう価値観になっていくんだろう?」というのが、まだ実感としてふわっとした感じなんです。菅付さんは、この本を通して、具体的に「こういうことを伝えたい」という想いはありますか?
山崎
全然ないですね。僕はね、「これを伝えたい」と思って、仕事をはじめることはほとんどなくて。この本も書きはじめる時に、どんな本になるか全然わからなかったんです。でも、いろいろなファクトが見えてくるし、話を聞いたらおもしろそうな人たちも見えてくるから、とにかくいっぱいリストアップして、1個のパソコン上のフォルダに巨大なデータをどんどん突っ込んでいって、それをぐつぐつ煮込んでいったらなにになるのかな、という感じで。だから、味を決めずにつくったシチューみたいなものです。
菅付
そうやって、ファクトをつないでいって、最終的には新しいなにかの価値を提示するわけですよね?出口が最初に決まってないという形で進んでいっても、どこかに必ず出口はあるわけで…。その出口は予想していなかったけど、「なんかこれ、俺の気に食わない出口だな」みたいなことはないんですか?
山崎
いっぱいありますよ。だから「失敗したな」とか「あぁ、なんかうまくいかないな」と思うこともあるけれど、発売日は決まっているし、締め切りは決まっているし、なんてことは、もうしょっちゅうですね。
菅付
じゃあ、結論が自分の価値観とは全然違う、ということもあるわけですね?
山崎
それはありますね。でも、人によると思うんですけど、「結論を決めないほうが、クリエイションっていいんだ」と僕は思っているんですよ。最初から答えが見えていたら、絶対におもしろくない。それは、入り口と出口の高さがあんまり変わらないということだから。
菅付
なるほど。今回の本はすごい情報量なんですが、章ごとにとても整理されていて、読みやすいですよね。そういう構成というのは、いろいろな人に会う中で、なんとなくできあがっていくんですか?それとも、最後にわーっと一気に整理していくものですか?
菅付
とりあえず、「本当に日常的な消費の話からはじめよう」と思ったので、流通の現場にいる人たち、それこそBEAMSの人や伊勢丹の人、あとはセレクトショップをやっている人たちに話を聞いていきました。構成を考える段階で、落としちゃったショップや流通の人の話も結構あって、今、ごめんなさいレターをいっぱい送っているんだけど…。ただやっぱり、「本当にショップの店頭に立っている人たちの話からはじめたいな」というのはあって。高校を出てショップの店員をやっている人たちにも読んでほしいし、そういう人たちが最後に、トマ・ピケティとか、水野和夫とか経済学の話が出てきても、読み切れる本にしようと思った。それが一番、書いていく中での難しいところで。ピケティとか水野和夫、ハーマン・E・デイリーの『エコロジー経済学』とかが出てきても、「わかんない!」ってならずに読み切ってもらうためにどうしたらいいか、というのは苦労しましたね。
山崎
それは、読むとよくわかりますよね。この本を読んで、いい意味で「人間が見えるようで見えない本だな」と思ったんですよ。それは、菅付さんの体験を追体験しているかのような読後感があって。こういうテーマって、比較的に読む覚悟がいるテーマじゃないですか?覚悟がいるテーマに「触れよう」と思う時って、みんなたぶん、どこかしらで自分に格好つけながら読む瞬間があると思うんですよ。「こんなの読んでいる俺、いいね」とか「未来に関心を持っちゃっている私、いけてるかも」みたいな気持ちもあると思うんです。でも、読んでいく中で、そういう気持ちがどんどんシンプル化されて、追体験がはじまるんですよね。途中で数式の話があるじゃないですか?菅付さんが「その数学的説明は、理解の範疇を超えている」みたいなことをさらっと書いていて、僕は、あそこが一番の肝だなと思ったんですよね。要は、わからないことを「わからない」と認めて、1回振り返れる瞬間があったんですよね。それが、人が見えそうで見えない感覚で、すごく気持ちいいな、と感じましたね。
菅付
この本を書くために、いろいろと経済書も一生懸命読んだんですが、ハードカバーの経済書って、どんどん数式の世界になってくるんですよ。そうなってくると、一般人にはわからないじゃないですか?でも、その数式って、経済学者が本当に言いたいことではなくて、自分たちの考えにより客観性、検証性を与えているだけの話だから。なるべくそういったところに踏み込まずに、「彼らが言いたいことのエッセンスだけをつかめばいい」と思ったんですよね。なので、この本の中には、1個の数式も入ってないです。それは止めようと思った。言いたいことはそこじゃないだろう、と。
小林
それで、すごく読みやすいというのもあるんですね。その「なるべく多くの人に読んでほしい」というターゲット設定というのは、最初の構想からあったんですか?
山崎
いや、全然。これは僕の悪いところなんだけど、本をつくる時に、あんまりターゲット設定をしないんですよ。それは、誰かの本をつくる時も、自分の本でも、そうなんだけど。一応、なんとなくの想定読者は考えるんだけど、マーケティングみたいなものじゃなくて。僕がいつも思うのは、「18歳の賢い高校生だったら読める」というのが、だいたいのレベル設定で、それくらいのつもりで、いつも書いていますね。
小林
なるほど。この本の装丁もとても印象的で、幅広い年代の人の興味を引くものになっていますよね?
菅付
これはね、グルーヴィジョンズがすごく頑張ってくれて。ここ(カバーを外した表紙)に、ほとんど読めないぐらいの白で『物欲なき世界』って入っているんだけど、この白インクの出具合に異常にこだわって(笑)。彼らは本当はもっと微妙な感じの白が出したかったみたいなんですよ。それが、誰が見てもわからない。僕が見ても、印刷の人も「どこがどう違うんだろう?」みたいな(笑)。
山崎
「いいじゃないか、これで」みたいな(笑)。
菅付
そう、でも違うんですよ。グルーヴィジョンズの原徹さんにとっては、許し難く違う。
山崎
表紙のイメージに関して、菅付さんからは、あまりリクエストはしなかったんですか?
菅付
『物欲なき世界』というタイトルだけは、かなり前に決まっていたので、「タイトルが目立つ感じに」ということだけは伝えていて。実は、僕の原稿の遅れのせいで、どんどん発売が延びちゃったんですよ。本当は、去年の12月に絶対出そうと思って、僕も平凡社もそのつもりでやっていたんだけど、僕がやっぱり書き切れなくて…。その前のタイミングで、とっくに装丁の打ち合わせもしていて、タイトルは決まっているから「こんな感じにして」っていう案があったんです。それは、去年の10月のパリコレで、コム・デ・ギャルソンが血のような、真っ赤な服を作って出したんですよ。僕はあれがすごく好きで。それで、「あのブラッディレッドみたいな装丁にして」と言って、一旦ダミーもつくったんですけど、僕の原稿がどんどん遅れてきちゃったから、なんか時代感がちょっと違ってきちゃって。「もう赤は終わったかな」みたいな。そこはやっぱりミーハーなんで(笑)。
山崎
でも、常に時代をキャッチアップしているということですね。
菅付
そしたら、グルーヴィジョンズが「じゃあ、黄色でどう?」という提案をくれて。
小林
そうなんですか。この文字が消えていくタイポも印象的ですよね。物欲が消えていくような。
菅付
そうですね。この消失感と言うかね。
山崎
そんな菅付さんは、最近、なにか買いましたか?
菅付
最近…。アナログ盤をちょっと買ったりしているんですけど、他になにを買ったかな?本や雑誌は資料としていつも爆買いしているんですけど、それ以外は特に。
小林
本の中でも、これからは経済の言葉ではなく、本当に欲しいものを語る時代になる、と書かれていて。そういう意識というのは、社会が変わっていく中で少しずつ変わっていくものなんでしょうか?
菅付
物に託して語るのは、すごくわかりやすいんですよね。たとえば、「あの人はお金持ちだよ」って言って「どれくらい?」って聞かれた時に、「フェラーリに乗っている」と言うと、すぐにイメージが湧く。フェラーリに乗っている人を、大抵の人は貧乏人だと思わないわけですよね。そういうわかりやすいものってあるわけじゃない?でも、物に託すことがあまり有効ではない時代が来ているのかな、と。あと、お金的な指標で語ることも、それほど有効ではない時代になりつつある、と思うんですね。「あの人幸せだよ」「どのくらい?」「年収2,000万円らしいよ」って聞くと、「不幸だね」と思う人はなかなかいないと思うんですが、「でも、それが本当に幸せなのか?」ということも、また言えない。物とかお金に託しすぎた価値の物差しを、少し変えていかないといけないのかな、とは思うんですね。そうしないと、ものすごく画一的な物差しだけが幅を利かすような世界になってくるから。
山崎
指標の実験みたいなことを、各々やりはじめている人は結構いるのかな、と思っています。たとえば、僕たちの事務所の仕事でも、すごく共感できるプロジェクトをしているんだけど、あまりお金がない、というお客さんもいて…。「応援したい」と思っても、経済の指標だけだと、他の会社との兼ね合いもあって、やっぱりそういう仕事を受けられない。だけど、その時に「じゃあどうするか?」というところからだと思うんです。具体的に言うと、ある農家の方の仕事なんですが、僕らはそこのお米のパッケージデザインなどをやっていて、その分のデザイン料というのを、お金じゃなくて、毎月、お米やそこで収穫された果物で頂いているんですね。毎月「今の旬はこれです」といったような手紙を添えて、いろいろな物を送ってくれる。これって、お米が5キロ5000円だとして、単純にお金に換算してしまうと、やっぱり損をしている。でも、季節の果物を送ってもらうことで、四季を感じて豊かな気持ちになれるんですよね。たとえばリンゴが届くと、会社の社員が剥いてくれてみんなで一緒に食べたり、自分の家に持ち帰って、奥さんに渡したりして…。そうすると、今度は家でも、奥さんに対して僕がちょっとだけ得意な顔ができる。いくら報酬の高い仕事をとってきても、奥さんとのそういう関係性は生まれないわけで、そういうものを含めて、たぶんひとつの価値なんだろうな、と思うんですよ。
菅付
本当にそう思います。だいたいクリエイターなんて、近代の産業革命以前というのは、王様とか貴族とか教会とかお寺が食わせていたわけです。
山崎
そうですね。
菅付
給料とかお金とかもらっていないんだ、誰も。西洋だろうが、日本だろうが、中国だろうが、食客みたいなもんですよね。金持ちとか教会とか王様のところに寝泊まりして、飯も付いてきて、絵を描いたり音楽をやったりして、服も与えられて、女や男も与えられて、それで一生終わっていたわけじゃない?お金なんかどこにも発生していなかったわけで。産業革命以降の話ですよ、紙幣で対価をもらえるようになったのは。
山崎
お金という指標が入ってくると、どうしても表現上で若干のノイズになったりするんですよね。なにかとなにかを1回置き換えないと、アウトプットにつなげられない思考というか…。その置き換えが存在しないと、もっとシンプルなんですよね。それはたぶん、見直してもいい時代に来ているんじゃないかな、と思いますね。
菅付
本当に、そう思いますね。編集者としては、サービスとサービスの交換、クリエイションとクリエイションの交換、もしくはクリエイションと物、サービスと物の交換というのはあり得るんじゃないかな、というふうに、実践例を見せていきたい気はしますね。
山崎
それは楽しみな反面、結構難しいだろうな、と僕は思っていて。さっきの話で言うと、一次産業との交換というのは、すごく簡単なんですよね。物が物になるので。本来は、物質ではない話をしているんですけど、やっぱり物の安心感ってあるじゃないですか?でも、どんどん経済を縦に割っていくと、第四次産業、もう次は第五次産業みたいなことが言われている中で、いわゆるインビジブルなものが産業としては集約していっていますよね?それら同士をつなぎ合わせるって、要はシステムだけではなくて、価値観自体をアップデートしていかないと、つながっていかないと思うんです。それって、本質的な等価交換ではないと言うか…。そこをつなげやすいという点が、貨幣経済、資本主義の強さだと思うので、それに代わるなにか、それこそ発明が生まれると、一気にドライブをしていくのかな、と思いますけどね。
菅付
たぶんそれは、場所とか集団によって、すごく時間差が生じるものだと思っています。たとえば、サンフランシスコとかポートランドって、「5年後、うちは資本主義を止めます」とか言いかねないところだと思っているんですよ。それから、中国共産党なんかも「中国はもう、資本主義を止めます」って言いかねない。なにか違う物差しを通して、「評価基準の高い人には、食糧とかをいっぱい与えます」ってなりかねない。
山崎
なるほど。なにが起こるか、本当にわからないですね。
菅付
そう。でも、そういう予兆がいっぱい見えているわけだから、予兆をちゃんと見て、それが示していく先の道を考えるのはすごく大事なことだと思うんですよね。
小林
そういう意味でも、すごく啓蒙的な本ですよね。今までも、ピケティの本なんかを読んで、なんとなくそのへんを感じ取っていた人もいたと思うんですけど、この『物欲なき世界』という本によって、改めて、「自分の中で腑に落ちた」という人がいっぱいいるような気がしますね。先ほど「去年のうちに出したかった」というお話がありましたけど、そのタイミングで出したいというのはなにか理由があったんですか?
菅付
ひとつは、去年で取材はほとんど終わっていたので、ネタの鮮度という当たり前の話で。あと、もうひとつは、フランスで1年以上前に出たピケティの本が、去年の春か夏ぐらいにアメリカで出て、その瞬間からすぐベストセラーになったんですよ。僕はすぐに、アメリカ版のやつをAmazonで買って読んだんですね。それで、自分が調べてきたことや文献と、ピケティが言っていることが、ある種似ているところがあったので、悪い意味で「やばい」と思って…。この本の後に出したら、僕の本がすごく古くさく見えてしまいそうだと思ったんです。ピケティの本の日本語版がみすず書房から出ると聞いていたので、発売される前に出したいな、と。それで一生懸命やっていたんだけど、「もうちょっと入れたい」とか、「もうちょっと書き直したい」というものが次々と出てきて、「もうあんまりピケティとか意識しなくていいや」となってから、気が楽になりましたね。
小林
最後の最後まで、何度も書き直しをされているとおっしゃっていましたもんね。
菅付
ずーっと延々と書き直しをして…。もう終わらないんじゃないか、と。
小林
そろそろ時間もなくなってきたので、最後に、もうひとつ質問を。本の最後に「経済の言葉ではなく、本当に欲しいものを語る」という表現がありましたが、菅付さんの本当に欲しいものって、なんですか?
菅付
それは自分でもわからないね、正直。でも、それが言える人ってあんまりいないと思うんですよね。山崎さん、なにかありますか?
山崎
さっきのラジオの話につながりますけど。本当に欲しくて、でも、たぶん手に入らないのは、美の本質だと思いますけどね。ものでもないし、概念でもないし。たぶん、自分にしか決められないものだと思うんですけど。逆に、そのために物を買っている、という感じですね。
菅付
なるほど。
山崎
僕は以前、ワーゲンの69年式のタイプIIIに乗っていたんですが、その車を買った理由は、「ポルシェ博士の哲学、美意識ってなんだったんだろう?」と思って、それを取り込みたかったんですよ。その価値観を知るためには、車だから乗らなきゃわからないじゃないですか?それで、買ったんですよね。別に車いじりが好きなわけでもなんでもなく。
菅付
なるほど。でも、いきなり知らない人に向かって「あなたが本当に欲しいものはなんですか?」って聞かれて、パッと言える人って、なかなかいないと思うんですよね。大事なのは「自分が本当に欲しいものはなんだろうか?」というのを、常に考えていく状態が大事だと思うんです。
小林
そうですね。
菅付
資本主義社会、貨幣経済というのは、「あなたの欲しいものは、これですよね?」って言ってくるわけです。「あなたの収入、年齢、世帯構成を踏まえると、これがぴったりですよね?」って、どんどん言ってくれる。Amazonでも楽天でも。「あっ、そうだよね」「これ欲しいよね」「これ必要だよね」って、みんな思っているんだけど、本当に欲しいかどうかは別の話だと思う。だから、自分が欲しいものがなにかをパッと言える人はなかなかいないんだけど、「自分が本当になにを欲しいんだろう?」というのを考えている状態は、すごくその人にとってよいことだと思っています。
山崎
今は、考える暇を与えてない感じですもんね。
小林
そういう気づきを得られるきっかけとして、この本はすごく大きいですよね。私も、本当に欲しいものはわからなかったりするんですけど…。
山崎
物欲にまみれてるもんね(笑)。
菅付
女性誌とか、すごいじゃない?日本の女性誌って、ある種のすごいテクノロジーだと思って。たとえば、「ご褒美バック100」とかさ、「100もあるの?ご褒美バッグが」みたいな。「なんだよ、ご褒美バッグって?」「機能性はあるの?」「本当に使えるの?」とか思うけど。すごいよね、ご褒美バッグが100もある…(笑)。
山崎
やっぱりマーケティング的には、いわゆるF1世代から攻めることが多いじゃないですか?なんで女性のほうが物欲意識が強いと思われますか?
菅付
なんだろうね?逆に、教えてほしい。
小林
なんででしょうね?答えにつながるかはわからないですけど、「男性とか、誰か他人に見てほしい」というよりは、「自分のテンションが上がる」という感覚が強いかもしれないですね。
山崎
「これを着てるあたしが好き」みたいな?
小林
そう。「今日はこれを着てるから幸せだ」みたいな、そういうのはありますね。
山崎
着ることでなにが起きるの?それを、なんか自分が取り込んだような感じになるのか。素敵なものが自分に憑依したような感じになるのか。それを持っているという所有欲なのか。
小林
所有欲ではない気がしますね。
山崎
参加している女性陣が、みんなうんうんうなずくってことはそうなのかな?ちょっと、この答えは出して終わろうよ(笑)。
小林
うーん、答え出ますかね。所有欲という意味では、「30歳になったらあれが欲しい」みたいな、憧れだったり目標みたいな部分はあると思いますけど…。
菅付
たぶんね、自分を映さない鏡だと思うんですよ。バッグとか。
山崎
あーなるほど、素敵な表現ですね。
菅付
「鏡よ、鏡、鏡さん」っていうのを、鏡じゃないものに託しているんじゃないかな。
山崎
虚像の鏡、みたいな。
菅付
そうそうそう。
山崎
なるほど。いいオチですね。では、せっかくなので、続きは下にいってみんなで話しましょうか。
菅付
そうしましょう。ありがとうございました。
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