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PROFILE

銭湯ペンキ絵師
田中 みずき

2003年、大学の卒論テーマ探しをきっかけにペンキ絵に出合い、銭湯ペンキ絵師・中島盛夫氏について見習いを始める。2008年に明治学院大学大学院博士前期課程を修了。社会人、アルバイトを経て、見習い期間も含め通算9年間の修行を終え、2013年に独立。現在は昔ながらの銭湯をはじめ、全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作している。

その傍ら、銭湯の魅力を伝えることを目的に、2010年に結成された「銭湯振興舎」でペンキ絵広告の復活に挑戦。2014年まで現代アートのレビューポータルサイト「カロンズネット」の編集長も務めた。

銭湯ペンキ絵師見習い日記

RADIO REPORT

vol.132015.11.2719:00-20:00

田中みずき × 山崎晴太郎

山崎
ソラトニワ銀座をお聞きの皆さん、こんばんは。アートディレクター、デザイナーの山崎晴太郎です。本日のゲストは、銭湯ペンキ絵師の田中みずきさんにお越しいただいています。なにを隠そう、僕は無類の風呂好きで…。4 才の息子とも毎週、スーパー銭湯に行っていて、うちの息子が最初に覚えた四字熟語が「頭寒足熱」(笑)。「頭を冷やして体を温める」という意味なんですね。そのお風呂と絵というのは、おもしろいクロスオーバーだと思うので、いろいろなお話が聞けたらなと思っています。それでは、ここでゲストの方をお迎えいたしましょう。銭湯ペンキ絵師、田中みずきさんです。こんにちは。
田中
こんにちは。よろしくお願いします。
山崎
よろしくお願いします。まずは、軽くご紹介をさせていただきますね。2003年、大学の卒論テーマ探しをきっかけにペンキ絵に出会い、銭湯ペンキ絵師の中島盛夫さんのもとで見習いをはじめられた、と。見習い期間も含めて通算9年間修行した後、2013年に独立をされたということですね。現在は昔ながらの銭湯をはじめ、全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作していらっしゃいます。その傍ら、銭湯の魅力を伝えることを目的に、2010年に結成された銭湯振興舎でペンキ絵広告の復活に挑戦。14年まで現代アートのレビューポータルサイト『カロンズネット』の編集長も務められて、いろいろとご活躍されています。

日本にたった3人だけの銭湯ペンキ絵師。

山崎
ペンキ絵に興味を持ったきっかけが、卒論のテーマ探しだったんですね?
田中
はい。学生の時に、美術史という、美術の歴史や見方を勉強していたんですが、卒論を書く時期になって、先生から「なにについて調べるかテーマを出しなさい」と言われて、迷っていて…。当時好きな現代美術の作家さんの名前を書き出していた時に、福田美蘭さんとか束芋さんとか、たまたま銭湯をモチーフにした作品をつくっている方がいらして、これはなにかあるな、と。銭湯好きな方の作品が気になるのであれば、まず銭湯に行ってみよう、と思ったんです。
山崎
なるほど、その原点を見てみようと。
田中
そうです。銭湯に行ってみて、その時にはじめてペンキ絵というものを見て、「そうか、こんな絵の見方があったんだ」と思いました。
山崎
なかなか普通の絵の見方と違いますもんね。
田中
たぶん普通に銭湯に来られる方は、今日のいろいろなことを思ったりしながら、ぼんやりと眺めるものだと思うんですけど、その時の私は、銭湯もはじめての体験だったので、あたりをきょろきょろ見回しながら、ペンキ絵を見て…。
山崎
でも、そこから絵師になるのは、結構ハードルが高くないですか?今、銭湯ペンキ絵師の方って全国に何名いらっしゃるんでしたっけ?
田中
銭湯の絵を専門に描いている人というのは3人です。
山崎
その、3人のなかのおひとりということですよね?
田中
そうですね、はい。まだ力及ばず、という感じですが。
山崎
いえいえいえ。その世界に入ろうと思ったきっかけって、なにがあったんですか?もともと、ご自身で絵を描かれていたわけではないんですよね?
田中
大学は美術系ではないのですが、高校生の頃は現代美術がすごく好きで、美術展を見に行ったり、ギャラリーに行ったり…ということはしていて。そこから「自分で現代美術の作品をつくりたいな」と思って、そうすると「大学は美術大学がいいだろう」と。美術大学受験専門の予備校に行って、デッサンを習ったりということはしていたんですね。受験の時には美大も受けていて、残念ながらご縁はなかったのですが。その一方で、現代美術をやっていくのであれば、その歴史を知っていると役立つだろうな、というのがわかってきたので、「じゃあ美術史が勉強できるところにしよう」ということで大学を選んだんです。
山崎
じゃあ、ずっと「絵の道でいこう」というふうに思っていて、紆余曲折があった末に、銭湯ペンキ絵に辿り着いた、というような感じなんですね。そこに踏み出していくのに、そんなに障壁はなかったですか?だって、田中さんが入られる前は、銭湯ペンキ絵師は2人だけだったということですよね?
田中
当時は3人いらしたんですけど、数年前におひとりが亡くなられてしまいまして…。
山崎
なるほど。下積みを9年間されていたということですが、やっぱり苦労も多かったんじゃないですか?
田中
そうですね。私自身、当然はじめての弟子入りでしたし、周りにも弟子入りをしているという人がいなかったので、どういう世界なのかわからなかった、というのがあって。本当に探り探り、という感じでしたね。
山崎
修業期間は、最初はなにをするんですか?
田中
最初は、ひたすらペンキ絵を描く時に使う材料を運んだり、汚れないように周りをカバーするというようなことをして、その後、最初にやるのが空を塗る作業ですね。
山崎
いきなり、結構描くんですね。
田中
空だとペンキ1色で塗れて、特になにかを描き込むこともないので。
山崎
なるほど。そもそもペンキ絵ってどうやって描いていくんですか?
田中
前の絵が残っているところに、ちょっとペンキで傷んでいる部分を削いだり、画面を平らにして。あとは、前の絵の上から、新しく描く絵の輪郭線をわーっと描いて、だいたいこのあたりにこういうものを描く、というあたりをつけていって。それが済んだら、画面の上のほうからどんどん色を塗っていく作業になります。
山崎
壁のサイズにもよると思うんですけど、どのくらいの時間で描くものなんですか?
田中
私の場合は12時間ぐらいかかりますね。
山崎
でも、12時間で描けるんですね。
田中
いや、体力勝負ですよ。腕とか首は、かなり疲れますね。
山崎
そうですよね。ちなみに、特に好きなペンキ絵ってありますか?
田中
その日の気分によって変わりますね。「気合いを入れたい時は、この絵を見たいな」とか。

銭湯という空間で、魅せるための工夫。

山崎
銭湯のペンキ絵って、あるところとないところがありますよね。あれは、オーナーさんの趣味も反映されているものなんですか?
田中
そうですね。あと、ペンキ絵ってどうしても2~3年で描き替えなければいけないので、「壁をタイルで覆ってしまおうか」というところもあったりするんですね。ただ逆に、最近だと「ペンキ絵って、レトロでおもしろいじゃないか」というのが再発見されてきたようで。前にはペンキ絵がなかったところに、新しく絵を加えるという作業をしてくださったりする銭湯も増えていますね。
山崎
みんながイメージするペンキ絵は、どうしても富士山だと思うんですが、やっぱり富士山は定番のモチーフなんですか?
田中
そうですね。やっぱり9割ぐらいは富士山です。
山崎
逆に、その9割以外のものって、どんなモチーフなんですか?
田中
前にあったのは、すごく銭湯が好きだという方に、「自分が資金を出すから、生まれ故郷の北海道の旭岳を描いてくれ」と頼まれて。それで、私の知っている銭湯の方にご相談したら、OKが出たので描かせていただいたことがありました。ただ、そこの銭湯のご主人は、実はずっと「風神雷神を描いてほしい」と思っていたようで、結局、風神雷神と旭岳を描くことになったんですけど(笑)。
山崎
なるほど。結構自由なんですね。先ほどのお話の通り、ペンキ絵って2年、3年で塗り替えられていくものじゃないですか?その中でも、名作みたいなものがあるんですか?
田中
ペンキ絵というもの自体が描き替えられていくものなので、そうすると見られなくなってしまうという性質がどうしてもあって、あまり「これは名作だ」というふうな感じで残るものではないかもしれないですね。
山崎
そもそも時間性が違うということですね。鑑賞の仕方というのも、普通の絵とは全然違うと思うのですが、それを意識しながら描かれている部分もありますか?
田中
そうですね。どうしても湯気越しに見ることになるので、色合いをわりと濃い目にしたりとか。それこそ、富士山とかポイントになるものは濃い目に描いて、目が行きやすいようにしますね。あと、本当にお湯の中でゆらゆら揺れながら見るので、水辺の風景が下のほうに描かれていたり、空間が広がるように描いていったり、そういうところは銭湯のペンキ絵独特のところかもしれないですね。
山崎
素朴な疑問なんですけど、なんで富士山なんですか?
田中
いろいろな理由があると思うのですが、自分が卒業論文の時に調べたところ、昔はペンキ絵の下に、結構広告が出されていたんですね。昔の銭湯に行くと、今でもあったりするんですが、小さなパネルに、銭湯のご近所のお医者さんや質屋さんの広告が並んでいるんです。昔は、その広告会社に絵師が属していて、広告費によって、ペンキ絵がサービスで描き替えられるというシステムだったんですよ。
山崎
へぇ、そうなんですね。
田中
それで、もう少し調べてみたら、初期の頃に広告を出していた会社が、新聞広告なんかにも富士山の絵を結構使っていたりしていたので、もしかしたらその広告主の会社のイメージとして、富士山というものがあったのかもしれないですね。
山崎
なるほど。それはすごく興味深いですね。
田中
あとは、東京では、江戸時代とか明治時代から富士山型の見世物というのが定着していたので、その流れがつながった、という可能性もありますね。
山崎
東京ではということは、ペンキ絵って他の地域にはあまりないんですか?
田中
実は、ペンキ絵って、東京とか神奈川とか埼玉とか、関東圏ではご覧いただけるんですけど、関西とか東北に行くと、ほとんど見られないんですよ。
山崎
そうなんですね。知りませんでした。
田中
皆さん、映画やドラマやCMの印象で、「銭湯と言えば富士山」と思われている方が多いと思うんですが、地方によって銭湯の特徴みたいなものがあって、壁が幾何学的なオリエンタルな模様のタイルで覆われていたりするところもありますし。湯船の位置が地域で違っていたり、ということもあるんですね。
山崎
なるほど。お風呂の歴史みたいなところも調べていくと、とてもおもしろそうですね。

日常がちょっとだけ、ぱっと変わるような体験を。

山崎
時間性の話に戻ってしまうんですが、僕もデザインの仕事をしていると同時に、水墨画を描いていたりするんですね。そうすると、なにかをつくることと、物を残す欲求みたいなものが、僕の中では密接に結びついていて…。一方で、銭湯のペンキ絵というのは、2〜3年で消えていくわけですよね?それを描く時に、田中さんの場合はどういった気持ちで向き合っていらっしゃるんですか?
田中
ペンキ絵に関しては、描き替えられるのが当たり前なので、逆に「前の絵とどれだけ違う印象を残せるか?」ということを考えますね。富士山の位置を変えたり、そういった工夫をして、「あっ、絵が変わったぞ」って気がついてもらいたい。ずーっと続いていた毎日が、ぱっと変わるような感覚を体験してもらって、それを楽しんでいただきたいな、と思っていますね。
山崎
物が残るというよりは、「人の気持ちや日常に楔を打ち込む」みたいな、そんな感覚で描いているということでしょうか?
田中
そうですね。ただ、描いていると、ペンキがささくれ立ってめくれてくることがあって、そうすると昔のペンキ絵が見えてくることがあるんですね。その時に「見えてはいないけど、本当にそこには絵があるんだな」というのが実感できて…。新しく描いたら、また見えなくなっちゃうんだけど、でも実は、何層も何層も絵が重なっていて、それが物として、時間の蓄積を示しているな、と感じることはありますね。
山崎
ぐっときますよね、それは。美の積層みたいなものがそこにあるわけですからね。ただ、最近だと銭湯が潰れてしまうことも多いじゃないですか?そういう時、そこに描かれていたペンキ絵もなくなってしまうんですか?それともどこかで保管されていたりするんですか?
田中
ペンキ絵も壊されてしまうことが多いですね。
山崎
もったいないですね。それだけの思いが蓄積されていて、他の建物だったら、残して展示したりとか、いろいろな方法があるのに…。そういう部分が、田中さんがやられている銭湯振興舎という活動にもつながっていると思うんですが、具体的にはどういった活動をされているのでしょうか?
田中
先ほどもお話ししたように、実はペンキ絵というのが、昔は広告会社に絵師が所属して描かれていたものだった、というシステムがあって。銭湯振興舎では、「それをまた復活しよう」と。銭湯のご近所のお店から広告を出していただいて、「その広告費でペンキ絵を描き替えよう」という試みをしています。今だと神田にある稲荷湯さんというところでそれをやらせていただいているんです。
山崎
それは、銭湯好きの方々が活動母体となってやられているんですか?
田中
そうですね。メンバーのひとりである今井健太郎さんは、銭湯の建築をなさっている方で、彼が手がけた戸越銀座温泉は、最近『アメトーーク!』でも紹介されました。昔ながらの味のあるポイントを押さえながらも、すごく現代的でおしゃれな銭湯をつくられている方です。その今井さんという建築家の方と、もうひとりは会社員の方で、やっぱり銭湯が好きで、勤めながらも銭湯を回っている方ですね。
山崎
なるほど。銭湯振興舎での活動を通じて、どういうコミュニケーションを期待していますか?
田中
今、広告を置かせていただいている銭湯が、若い方によく利用されている銭湯なので、広告も飲み屋さんなどの飲食店が多いんですね。そうすると、銭湯に来た方が広告を見て、帰りにちょっとお店に寄ってもらって…、というのはもちろんなんですが、もう少し寄り道をしながら街を歩いてみてもらいたいな、と。それによって、銭湯の思い出と一緒に、その土地の思い出みたいなものができて、人それぞれのその土地の思い出が蓄積されていくことで、銭湯自体もすごく馴染み深いものになっていくといいな、と思います。
山崎
確かに、そうですよね。銭湯とか、豆腐屋さんとか、街の中に昔からやってらっしゃるようなお店があるじゃないですか?そういう部分に触れることが、その街に沈んでいくような感覚につながりますものね。
田中
本当にそうですよね。街とのつながりを感じるというか…。
山崎
僕はお祭りもすごく好きで、家は横浜のほうなんですが、いろいろな街の神輿を担がせてもらいに行っていたんです。その神輿を担ぎ終わったあとに、そのまま街の人たちが銭湯になだれ込んでいく感じがすごくいいな、と思っていて。
田中
担いでいた興奮と一緒に、みんなが「ひとっ風呂!」みたいな(笑)。
山崎
その時って、街を担いでいるんですよね。そのまま街の歴史に、若者も、おじいちゃんもみんなが溺れていくような、そんな感覚がとても好きですね。
田中
それこそ、銭湯にも、いろいろな年代の方がいて、お客さん同士の世間話を聞くだけで、すごく人生勉強になります。初対面のおばあちゃんとも、あまり境目もなく、お互いに結構ディープな話をしたりしますからね。
山崎
お風呂を出たらもう関係ないから、案外、都合よく相談しちゃったりするんですよね。
田中
そこだけで会うからこそ、気兼ねなく、いろいろな相談ができるというのは、すごく銭湯独特な感覚ですよね。現代では、そういう感覚があると助かる方も多いんじゃないかな、と思いますね。
山崎
本当にそうですよね。

銭湯とペンキ絵の可能性。

田中
デザイナーの方に聞いてみたいなと思っていたんですが、「こんなペンキ絵を見てみたい」ってありますか?
山崎
さっきもお話しした通り、僕はお風呂がとても好きで…。お湯も好きなんですが、たぶんその空間性が好きなんだと思うんですね。だから、お風呂のペンキ絵と後ろの背景が一緒になったようなペンキ絵が見たいな、と思います。
田中
えっ?
山崎
要は、借景のような。たとえば、近景がペンキ絵で描かれていて、遠景が四季によって変わる。下半分だけがペンキ絵で、上がガラスなんかの透ける素材になっていて、その先に森や山が見えるとか…。逆の構図でもいいですよね。
田中
なるほど。ペンキ絵って季節ごとに変えるということはできないので、桜の絵などは避けて、あまり季節感を出さないようにするのですが、逆に自然本来の四季を借りるということですね。それは、すごくおもしろい発想ですね。窓だと、覗かれたりするとちょっとあれですけど、庭みたいな感じだったら…。
山崎
それこそ、そこに木が一本あるだけでもいいと思うんですよね。一本の木とペンキ絵のコラボレーションという感じで。その木自体が、四季を持っていると思うので。
田中
なるほど。それだと、毎日見るのも楽しくなりますよね。どんどん変わっていって。
山崎
そういうふうに、みんながペンキ絵に興味を持ってくれるといいですよね。ペンキ絵って、なんとなく昔からあって、おそらく2〜3年で替わる、ということも知らない人が多いと思う。そのあたりに興味を持ってもらうためのトリガーみたいなものが生まれるといいな、と思いますね。
田中
それは思いますね。最近、お子さんとワークショップをしたりしていて、いつか銭湯で、地元のお子さんたちにペンキ絵を描いてもらいたいと思っているんです。
山崎
いいですね、それ。横浜にアートフォーラムみたいなものがあって、うちの息子がそこで月に2日間ぐらい、「アトリウムの壁面にみんなでペンキで絵を描こう」というのをやっているんです。普段は小さい紙の中で絵を描いているのが、大きなところに「わっしゃー」と描けるのがとても楽しいようで…。そういう絵が残っていくとなると、なにか時間を紡いでいけるような気がするな、と思いますね。
田中
はい、いつか実現したいなと思いますね。
山崎
ちなみに、田中さんが描かれた絵は、今どこで見られるんでしょう?
田中
わりと江戸川区が多くて。第二寿湯さんとか、鶴の湯さんとか、中の湯さんとか、江戸川区に行くとご覧いただけます。
山崎
なるほど。では最後に、リスナーの方にメッセージをお願いできますか?
田中
はい。銭湯に行き慣れていない方は、ちょっと身構えてしまうかもしれないのですが、出かけた場所の銭湯に入ってみると、ちょっとその土地の様子がわかったり、一回行ってみると、「またもう一回行って、他所を味わってみたい」と思ったりするので、ぜひ皆さん、まずは一回だけでも、気軽に銭湯へ行ってみていただければと思います。
山崎
ありがとうございます。皆さん、ぜひ銭湯に足を運んでみてください。
田中
ありがとうございました。
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