銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン

隔週水曜19:00-20:00ON AIR

EVENT REPORT

vol.192016.03.1119:00-20:00

渡来徹× 山崎晴太郎 / REAL TALK SALON

山﨑
ラジオはどうでしたか?たぶん、テープを起こしたときに、歴代トップレベルで文字量が多いんじゃないかと、僕は予想しています(笑)。
渡来
ラジオに出る度に反省するのは、早口が変わらないわけ。もうちょっとゆっくりしゃべろうと思っているんだけど、結局しゃべりたいことがいっぱいあるからさ。
山﨑
僕も比較的話すのが速いタイプなので、わかります(笑)。ところで、いけばなって、なかなか馴染みがない人も多いと思うんですが、だいたい、最後に資格をとるまでに、いくらくらいかかるんですか?
渡来
いきなりだね(笑)。これは一回計算したことがあって、御免状代とか、あと僕がもらうお金で上納金とか、僕はロイヤルティと呼んでいるんですけど。日本の伝統芸能って、基本的にはロイヤルティ商売だと思うんですよ。お家元に納めるお金があって、それがゆえに教えてもらう形があったりとか。結局、その准教授まで、とりあえず小原流という流派を教えられるようになるまでに、うちに納めてもらうお金だけでいくと70万前後。それで、月に3回通ってもらえば1年半くらいだけど、そんなペースで通える人はなかなかいないから、2年半とか3年という感じかな。
山﨑
高そうなイメージですが、英会話教室でも、半年で同じくらいの値段取られますもんね。
渡来
でもほら、語学ってコミュニケーションだから、それだけで世界が広がる、という話でしょ。
山﨑
英語といえば、海外の人からも問い合わせがきていましたよね?
渡来
うん、あれは普通にレッスンやったね。
山﨑
その時は英語ですよね?いけばなの感覚って、伝わるものですか?花の顔だったり、空間の余白がどこまでみたいな話って、結構日本的な間の話だと思うんですけど。
渡来
それね、やっぱりわからないみたい。前に、バイリンガルの花屋さんに来てもらったことがあるんだけど、結局彼女も話せなかった。なんか「渡来さんの言おうとしていることって、難し過ぎる」みたいな。概念的なものってやっぱり難しい…。
山﨑
そうですよね。
渡来
「どういう背景をもって育ってきたか、みたいなこともあるだろうし、住環境とかもあるから、なかなか難しい」という話をしていたんだけど。すごく簡単なことっちゃ簡単なことで、結局は、見せればいい。生けたものを見せれば、びっくりしてもらえるから。普段、晴太郎とかにレッスンする時は言葉ベースのことが多いけど、デモンストレーションベースのレッスンの仕方もあるわけで。
山﨑
なるほど。やっぱり人によって教え方って変えているものですか?
渡来
僕はわがままなんで、あんまり変えていない。僕の教え方が馴染まない人は、そのまま体験教室で終わりにしてもらえばいいし、すごくおもしろいと思ってもらえれば、また来てもらえると思うし。そこは、なんの商売でも一緒で、B to Cの基本だと思うんだよね。去る者は追わず、来る者は拒まず。お花代が負担になるとか、御免状代が負担になることもあるわけだから。
山﨑
あるでしょうね。
渡来
ペースを強要するものでもないし、それはそれで構わない。10年かけて70万を払う結果になってもいいと思うしね。
山﨑
あれですよね、体験だけでずーっと続けていた方もいらっしゃいますもんね。資格コースにいかずにみたいな。
渡来
そうそうそう。単発レッスンの人はすごく多くて。単発レッスンで自分が来たい時に来る。やっていることというのは、基本的にスポットのレッスンの一番下のクラスと同じことをやっているから、そこから入るという人も多い。なんかね、別に自分がやった気になれたらそれでいいわけじゃない?1回経験しただけで、「いけばなをやったことがある」という人もいるし、1回経験したことをもとに、「深く堀り下げていきたい」という人もいるわけで。別にそれはどっちでも構わない。とりあえず、本当に言葉通りに間口を広くして、100人の2~3人よりは、1万人の200人、300人とかのほうがいいわけだから。そういう機会をどんどんつくっていけたらなと思っていますね。
山﨑
深い歴史があるいけばなというものの中で、今の時代を担っている使命感みたいなものもあるんですか?
渡来
使命感かどうかはわからないけれど、すごくおもしろいものだと思うし、結局誰かがつないでいかなきゃいけない。当然脈々と歴史があるから、世代みたいな話も、やっぱりそれはあるよね。40、50代の人と20代の人って、本来だったら親と子の関係だから、コミュニケーションが取れているべきところの2つの世代なんだけど、そこがうまく噛み合っていないから、30代がハブになって上と下の世代をつないでいかなきゃいけないじゃない?
山﨑
つないでいくことが価値になる。
渡来
そう。本来は家庭の中で済んでいたものが、済んでいないっていう話なんだよね。だから、そこをどうにかしたい。うちの教室に来る子たちでも、「いけばなを母親がやっていた」「お祖母ちゃんがやっていた」という子がやっぱり多いしね。でも、そういう子たちでも、「カルチャースクールに習いにいこう」とは思わなかったわけだよね。それはなぜかと言うと、やっぱり昔よりも今のほうがたぶん時代感というものが求められているんだと思うのね。結局、なんとなく時代に合わないものは受け入れられないし、理解しようとしないんだよね。言葉は悪いけどさ。
山﨑
なるほど。
渡来
僕自身はあまりいけばなの歴史そのものには興味がないわけ。どういう人がやってきた、とか。ただ、その近現代だけに関して言えば、いけばながどうしてそんなに広がったのか?もともと床の設え、お茶とかもそうなんだけど、男の人がやっていたものなんだよね。それがある時から女性のものになったというのは、戦中に男手が戦争に行っちゃって、女の人が子どもを育てなきゃいけない食いぶちとして、いけばなの資格制度みたいなものをつくって、生徒を抱えることで子どもを養っていく、というのがひとつあったわけ。だから花嫁修行と言うのは、たぶんひとつの保険だったんだよね。
山﨑
「手に職を」みたいな感じだったんですね。
渡来
そう、余地を残しておくってことだったと思うんだけど。今って、そんなことないじゃない?もっと実用的で自分の中でどう使えるのか、とか。「それを学んで身につけることで、どれくらい生活の中で有益になるんだろう?」みたいな具体的なことを考えるケースが多いから。それに対して、どう答えるのか?それってたぶん「いけばなの深みを知りなさい」って、一辺倒に言っていてもだめなんだよね。
山﨑
まあ、確かに、ちょっと引いちゃいますよね。
渡来
その間口をもっと緩くすればいいと思うんだけど。まだ、業界的には伝統花みたいなものに関しての意識が高い。本来は50代ぐらいの人たちが「もっと生徒さんたちの都合で解釈できる幅をつくれるといいよね」ということを言ってくれればいいんだけど、あんまりそういう先生たちがいなかったんだろうね。
山﨑
そのへんの時代感覚というのは、はっきり別れちゃっている気がしますね。
渡来
僕自身がレッスンをしている時は、お花を買って、家に帰って復習することはあったけど、その花を家に飾るっていうことはなかった。それって今の時代感から言えば、本末転倒の気がする。復習しなくても、お花を飾ってくれればいい。だから、多少高くても、「お家に帰って飾れるんだからいいじゃん」みたいなノリで扱っている花も選んでいるんだよね。もともと僕はずっとライターをやっていて、素人のお部屋を紹介するページとかもやらせてもらっていたので、今の子たちがどういう住環境に住んでいるかということも知っているから。うちの生徒に話を聞いても、「ワンルームにあんな大きい花を飾る場所なんてないです」って、みんな言うわけ。それは、すごくよくわかる。
山﨑
いけばなって、なんであんなに大きくなっちゃたんですか?
渡来
それはね、流派の争いみたいな部分も絡んでいて。携帯のキャリア間の競争と一緒で、「加入者数が前年比の倍になりました」とか、「docomoから出た客が、auに来ました」とか、そういう部分の競争があるから、花展のために設えられた花になっちゃっている部分はあるんだよね。展覧会の会場って、天井高いじゃん。花もいっぱいあって。そこで、自分たちの花の存在を主張するために、どんどんむだにサイズがでかくなるわけ。それって、いけばな的なことじゃないと思うんだよね。
山﨑
プラスの話ですよね。
渡来
そうそう。だから、本来はもうちょっとリサイズしなきゃいけない。でも、リサイズができてないんだよ。極端な話、これは別に悪く言うわけじゃないんだけど、家元ってたぶん小さい家に住んでないわけ。ましてや、ワンルームなんて住んだことがないと思う。その人が考える空間って、でかいじゃん。じゃあ家元が悪いのか、と言えばそうじゃなくて、お花を支えてる人たちが地方の大きい家に住んでいるお婆ちゃんとかお爺ちゃんなわけじゃん、いまだに。
山﨑
なるほど、確かに。
渡来
もしくは、その親から教えてもらった50代の人だったりするわけ。その人たちが教えてもらいたい花って、「うちに3つある床の間を埋めたいの」みたいな話なんだよね。
山﨑
今、東京の家には、なかなか床の間がないですからね。
渡来
そう。でも、僕の上の先生たちの世代はそこに関わらざるを得ないわけ。だからそれって、今の日本の政治とかと一緒で、結局、若者が置いてきぼりになるんだよね。そこはね、もう僕たちの世代がやるしかないわけ。
山﨑
そうですね。
渡来
他の先生から、「どうして渡来くんの教室ばっかり紹介されるの?」とよく言われるけど、そこはもう、「自分の教室を一回見直してください」という感じだよね。今、なにを求められているのかを考えれば、「そんな折り畳み机で蛍光灯の下でやりたくない」というのは、自然とわかるはずだからさ。
山﨑
カルチャースクールみたいなやつですね。先生の教室は、背景とかも時代感に合った感じになっていますよね。
渡来
あんまり大きな声では言えないけど。この空間もね、写真として切り取った時に、額になるようなものをいっぱい並べているじゃない?「写真で平面的に切り取った時に素敵かどうか」ということが、今はすごく重要視されているから。それは、料理ひとつをとってもそうなんだけど、昔からの文脈にあるレストランでも、ある時から料理を俯瞰で撮るというのが増えてきた。でも、当時のシェフは座った人が見た時の目線で盛りつけていたから、「真俯瞰で撮るなんて」っていうのが、結構な論争になったんだよ。雑誌のカメラマンとシェフとの間で。でも、今ってそれが当たり前だからね。だからお皿の幅がすごく広いとか、ソースが塗りやすいように四角い皿だったり。
山﨑
そうですよね。「なるべくミニマルに」という感じですよね。
渡来
そうそう。それは、真俯瞰で撮った時に、どういうふうに見えるのかということをかなり意識しているからね。そういうのって時代感だと思うし、それに適応している、というのもなんら間違いではない。時代によって、合わせている人と合わせていない人がいるから、それはもう文脈が異なる話だから、言い争う話じゃないんだよね。
山﨑
ちなみに、生徒さんの特徴というのも変わってきたりしていますか?それも時代ごとだと思うんですけど。
渡来
うん。僕は教室をはじめて3年半だから、2012年の6月からやっているんだけど、今年に入ってからの半年で、体験レッスンに去年1年間と同じぐらいの人数がもう来ているね。
山﨑
そうなんですね。
渡来
そう。その人たちは、今までの生徒たちと若干違うんだよね。友達をもう一回連れてくるとか。
山﨑
体験にですか?
渡来
そう。本当にはじめからスポットでやる気満々な子たちなの。今までは、「1回きりで終わりでいいや」という人が多かったから、そのうち1割入ってくれればいいほうだった。100人受けて、10人生徒として残ればいいという感じだったんだけど。今は3割ぐらいが入ってくれて。また、新しい友だちを連れてきたり。逆に、今までずっとひとりで来ていた子が、今年に入って、突然友だちを連れてきたりとか。たぶんね、多くの人たちの意識が変わってきているんだろうね。「今、やっておかないと」という危機感を、みんながリアルに感じているんだと思うんだよね。
山﨑
この先、できなくなりそう、と。
渡来
あと、「今は不況だからやらない」とかいうのを越えちゃったのかな、と。「不況だから自分で動かなきゃいけないんだ」みたいなことを思いはじめている人が増えてきたんだと思うんだよね。去年の年末からそういう傾向が続いてて、リースのワークショップを開いても、これまでは予約が埋まるのが当日だったりしたんだけど、去年はすぐにいっぱいになっちゃって。今まで余裕を持って取ってくれていた人には「ごめんね」って断らなくちゃいけなかったんだけど。今年になっても、もものワークショップなんて、告知してから半日も経たずに満員になって。去年、全く同じ企画をやった時にはひとりも来なかったのに。たぶん、自分の手でなにかをやる、それを発信するということが当たり前になってきているんだと思う。
山﨑
そこにはDIYが流行っている流れもあるんですかね?
渡来
そうそう。去年の日本のInstagramのハッシュタグの上位3つに、「猫」とかのワードと一緒に、「手作り」が入っているんだよ。
山﨑
へぇ、そうなんですね。
渡来
僕、「手作り」ってハッシュタグをつけたことがなかったから、結構反省したんだけど。みんな、自分でやることに対してのコンテンツを探しているんだよね。これって、従来はライターとか編集者がやっていたことなんだけど。今は、個人がリアルにメディア化しているわけ。それってもう、素人じゃないじゃない?
山﨑
そうですね。すごく強力なコンテンツですよ。そういう、いろいろな生徒さんがいると思うんですけど、正直な話、いけばなに向き不向きってありますか?
渡来
向き不向きは、ない。あるとしたら、向上心のない人は向いていないと思う。自分がなにを知りたいのか、自分に対してどういう課題があるのか、わかっているのは大切かもしれない。うちの生徒さんでも、「私、全然センスがないんで」みたいなことを謙遜して言う人がすごく多くて。でも正直、生徒のセンスなんて僕はなにも期待していないんですよね。「この教室であなたのセンスを必要としているのは、あなただけなので安心してください」という話で。
山﨑
身も蓋もないですね(笑)。
渡来
そう言うと、「えっ」とか言って恥ずかしくなっちゃうんだけど、でも、その時にはじめて気づくわけ。花を商売としてやっていくんだったら、多くの人に響くセンスとか、パトロンに響くセンスとか必要だけど、自分のために飾る花にセンスなんて必要ないじゃない。
山﨑
そうですね。
渡来
あとは、個人のめざすところの違いだよね。うちは他の流派からレッスンに来る方もいるし、「これから花屋をはじめたいんですよ」みたいな人も来るわけ。そういう人に対しての僕の冷たさは、普通の生徒さんたちが結構ピリっとすると思う。
山﨑
そうなんですね。
渡来
やっぱりね、めざしているところがそこだったら、「生徒だから何回も言うけど、自分のアシスタントだったら、これ以上言わないぞ」と。あるでしょ、自分の社員に対して?
山﨑
それは、ありますね。
渡来
ね。「何回こんなことを言わせるんだ?」みたいなさ。それは、一番最初の大事な部分だと思うんだよね。一番最初に言われることって、それが一番核だからなんだよね。それがないとはじまらないから、それを言うんだけど、それを理解していない。一番簡単なことだから一番最初に言う場合と、一番大切だから一番最初にいう場合があって、そこの違いを理解できない人が多いんだよね。たとえば、一本目がちゃんと入れられないっていう話もそうだよね。
山﨑
いや、一本目は難しいですよ(笑)。
渡来
いけばなは、たかが5本しか入れない。アレンジメントだったら35本。35本を先生が用意してくれて、二手目が間違っていた時に、先生は三十四手戻ってくれないじゃん。いけばなだったら、「この子、二手目が間違ったな」とか、「そもそも一手目から違う」とか、「最後の1本だけ直せばいいよ」とか、そこで上達具合もわかるし、先生も戻りやすいんだよね。だから僕は、いけばなって教えるのにすごく相応しいパッケージだと思う。いけばなの先には、アレンジメントができるようになっているわけ。
山﨑
なるほど。
渡来
でもね、本当に花屋になりたいっていう人たちにはね、やっぱり要求も高くなるよね。だって、本当に花で食べていくつもりなら、「そんな失敗をしたら、次にクライアントから仕事をもらえませんよ」っていう話じゃん。そういう緊張感って、常に大事だと思うから。
山﨑
そうですね。
渡来
本当に実害のない限りで僕が伝えられることって、いけばな教室に来た人に、「そんな緩いテンションで仕事ができると思っちゃだめだよ」みたいなことだけだからさ。僕みたいに花屋さんで修行したことがない人間がやっていると、「花屋って、意外とできるんですね」みたいな感じで言われることがあって、「意外とできるんじゃない?」って僕は言うけど、やっぱり思うところはあるよね。
山﨑
それはありますよね。
渡来
あとは、同じくらいいけばなのキャリアがある人に、「渡来くんがアレンジメントの教室ができるなら、僕もできるかな?」と言われることもあるわけ。でも、僕は花屋としてすごい量の花をゴミにし続けてきたんだよね。そのゴミを、廃棄するのがもったいないから、誰に見せるわけでもなく、毎晩五千円とか一万円とかのブーケを組んでは家に持って帰ったりとか、そういう裏付けはやっぱりあるんだよね。
山﨑
なるほど。逆に、先生自身が仕事で、「これはやっちゃったな」みたいな体験ってあるんですか?
渡来
そりゃあさ、あるだろう(笑)。
山﨑
それはそうですね。
渡来
なんか身のすくむ思いとか、冷や汗とか、やっぱりあるよね。この間、つい先週もしたんだけどね。
山﨑
本当ですか?結構最近ですね。
渡来
とある世界的なアーティストの現場で、「花のテンションが違う」みたいな話になって。「僕の世界観と、この世界観は違う」と。僕のクライアントは、アーティストとの間に入っていたディレクションの会社だったんだけど。だから、アーティストに直に言われることはないわけ。
山﨑
なるほど、ありがちな状況ですね。
渡来
でも、そのアーティストの人が現場に来て。僕はさっきの話を聞いているからドキドキしているわけ。で、その人に言われたのは、「スタイリストが洋服を集めてきました。プロデューサーの僕が違うと言った。それだけです」って。これって、ありがたいわけ。彼は、僕の仕事の完成度は一切否定しないのね。ただ、世界観が違う。だから、「ごめんよ」っていう話なの。それで、「このまますぐに花を全部引き下げて撤去してもらっても構わないし、僕がいつもお願いしている花屋さんが来るから、それまで待っていただいても構わない」と言われて。その状況が、パーティーのはじまる1時間前だよ。
山﨑
かなりギリギリですね。
渡来
それさ、どんな花屋が来ても困るじゃん。頭数がいたほうががいいわけじゃん。それで、「じゃあ待たせていただきます」って言って、その花屋さんの下について、「使える花材だけ全部抜いていきます」と言って抜いて。「なにをやります?」「じゃあ、これをここに挿してください」「わかりました」って感じで。入れ替えとか転換とか、すごくおもしろいわけ。だから、その現場でニヤニヤしていたのは、ディレクションの会社とアーティストサイドの会社の人と、あとから来た花屋さんも含めて、僕だけだと思う。なんかおもしろかったんだよね。
山﨑
みんな、ヒヤヒヤですもんね。
渡来
他の花屋さんと一緒にこんな現場をつくるってなかなかないじゃない?しかも、そこでするっと自分が下になる。それは最上段の親がこうだと言っているから。そしたら僕は孫じゃん?じゃあ、祖父ちゃんが信頼している、親の言うことを聞いちゃおう、みたいな。そのやり取りってすごくおもしろいんだけど。でも、僕が連れていったアシスタントは、「先生、あそこってキレるところですよね?」みたいな感じなの。
山﨑
そこまでひっくり返されたら、普通は怒るだろう、と。
渡来
でもさ、キレるところじゃない。別のアシスタントは、「私だったら泣いちゃうかも」みたいなことをいうんだけど、それは全然プロじゃないと思うんだよね。重要なのは、「残りの1時間で、装花としてちゃんとしたクオリティの花をいかにして完成させるか」ってことだから。そこでのプライドとか、逆ギレとか、泣いちゃうのってただの甘えなんだと思う。じゃあ、どういうふうに乗り切るかというふうに、本当はすごくワクワクするところなんだけどね。
山﨑
ありますよね。僕のたとえで言うと、その針の穴のギリギリしか見えていないところをピーンって通す気持ちよさみたいなのはありますね。
渡来
そうそう。ワンクリックでなにかが大きく変わる瞬間があるわけじゃない。そういうのって、それが楽しめないんだったら、花屋をやらないほうがいいと思うわけ。だって、ましてや自分がアーティストだと思うんだったら、パトロンを抱えるしかないんだよね。それは、こういう会場に来てくださる方とか、生徒かもしれないし。もしくは、ただ寵愛して、「渡来くん、いいよ、いいよ、好きなものをつくりなよ」って言ってくれるようなリアルなパトロンだよね。それは、どっちでもいいと思うんだけど、結局お金を払ってもらってやれることと自分がやりたいことと言うのは、多少ずれていることもあるし。いけばなというものを本当に大きくしなきゃいけない時に、それは必要なところだからね。
山﨑
結局は、そこになりますよね。結構、時間も押してきたし、ちょっと皆さんと飲みながらの形式にしましょうか?
渡来
あ、もうこんな時間?ごめんね、また話し過ぎちゃった(笑)。
山﨑
いえいえ、ありがとうございました。
TOPへ

GUESTSGUESTS 一覧を見るMORE