銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン銀座四次元ポケットpresents 山﨑晴太郎の銀座トークサロン

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PROFILE

クリエイティブディレクター/paragraph代表
長崎 義紹

『Begin』や『Men’s EX』などの創刊編集企画、『WIRED日本版』の再創刊時の編集長を務める。また『PAUL&JOE』などのブランディングディレクションも経験。現在はUNIQLOCKやNikonなど数多くの企業のWEBディレクションを行い、WEBマガジン『TOKYOWISE』の編集長も努めるなど様々なクリエイティブ活動を行っている。

RADIO REPORT

vol.12015.05.1519:30-20:30

長崎義紹 × 山崎晴太郎

山崎
ソラトニワ銀座をお聞きのみなさん、こんばんは。アートディレクター・デザイナーの山崎晴太郎です。約2年半ほどやってきた番組『銀座四次元ポケット』を、本日から『山崎晴太郎の銀座トークサロン』にリニューアルしました。それではここで、第1回目のゲストをお迎えしましょう。パラグラフ代表、クリエイティブディレクターの長崎義紹さんです。
長崎
こんばんは。なんか変な感じですね。フルネームで呼ばれるのが違和感ありすぎて。
山崎
長崎さんって感じですもんね、普段は。じゃあ、改めてご紹介を。長崎さんは、ファッション誌の『Begin』ですとか、『Men’s EX』の創刊編集企画。あと、『WIRED』の日本版再創刊の編集長も務められた方ですね。それから、UNIQLOCKであるとかNikonなど、多数の企業のウェブディレクションをされつつ、『TOKYOWISE』というWebマガジンの編集長も務めるなど、さまざまなクリエイティブ活動を行っていらっしゃいます。

フラットな感覚で、世の中に身を置くという生き方。

長崎
もともとはコピーライターなんですけどね。なんか、編集のイメージが強いんですけど、どちらかっていうと鉛筆1本で食っていければいいなと思っていたんですけど……。
山崎
なるほど。コピーライターとしてキャリアをはじめて、今のような道に進んだ経緯ってなんだったんですか?
長崎
そもそもは、CMのライティングをやっていたんです。ライトマンだったんですね。でも、あまりに肉体的につらくて。で、その頃にコピーライターという文字書くだけですごい収入がはいる仕事があると聞いて、そりゃいいなと。
山崎
なるほど、なるほど。それ、いくつぐらいの時ですか?
長崎
それはね、25かな。それで、なんとかコピーライターになったんですけど、コピーライターっていうのは、膨大な資料をどれだけコンパクトにまとめるかという仕事もあるし、真ん中にあるコンセプト的なものを気の利いた言葉にどう代えるかというようなこともやるんです。そうすると「もっと言いたいことがいっぱいあるのに!」ってフラストレーションが溜まって。そういうなかで、雑誌に原稿書いてみたりするようになると、けっこう思いの丈が……。
山崎
全部、言えたりとか。
長崎
そうそう。それで広告と雑誌と両方やっていたら、たまたまパリとロンドンに仕事があって、そっちに行くことになった。で、数年して日本に戻ってきたら、もうどこにも席がなくなっちゃてて。空いている席はどこかなぁと探したら、Web業界はまた席が空いているよと。じゃあWebやるかみたいな。もう本当に、棚ぼたみたいな人生。
山崎
それって、もともと強いビジョンとか、明確な方向性があって渡ってきたという感じとは、またちょっと違うんですかね、ニュアンスとして。
長崎
僕は今年62歳になるんですけど、60年代、70年代っていうのは、毎年毎年、今年と来年は違うっていう前提で世の中が動いていた。そういう中で、次はどうなっていくのかに対して自分の意識を常に向けるっていう癖はついていて、じゃあ紙はいつまでつづくのかと見てみると、ロンドンとかではもう、紙をどれだけ使わないかが次のクリエイティブになるみたいな話を聞いて、なるほど、そうかもねと思った。
山崎
さらっとおっしゃいましたけど、その感覚って難しいような気がしていて。ひとつのことを守り続けようとする人が多い中で、なんでそんなにニュートラルというか、フラットに世の中を見られたのかなっていうことを純粋に疑問に思うんですが。
長崎
僕はいろいろな仕事でクレジットを出さずにやっているんです。というのは、自分の過去の作品とかを見て仕事が来るというのが、ちょっと面倒くさくて嫌なんですよ。次に新しいことをやってくださいという仕事が好きで。そういうことに向かっていくためには、終わった仕事は終わった仕事ですというのがあるし、僕がついてたコピーライターの方たちもそうなんですけど、世の中に出たクリエイティブというのが100%自分が満足したものかっていうと、実はそんなことってまずないんですよね。
山崎
確かに、それはないですね。
長崎
なので、うちの会社はWebの仕事とかいっぱいやっているくせに、自社のホームページがないんです。その時期の事情だったり、世の中が向かっている方向性に合わせてやっていることって多いので、必ずしもWorksとかいって、偉そうに出すようなものではないというふうに思っています。
山崎
なるほど、Worksって出している自分がちょっと恥ずかしくなってきましたね(笑)。ここでちょっと僕と長崎さんの関係をご紹介しようかなと思っています。今まで一緒にやらせていただいた大きな仕事は二つですかね。ひとつが『PAPILLONNER(パピヨネ)』というアパレルブランドさんのカタログを一緒にやらせていただいたのがきっかけで、現在は『TOKYOWISE』というWebマガジンを作るお手伝いをさせていただいています
長崎
『TOKYOWISE』という企画をつくり始めた時に、アートディレクションを誰に頼むかなっていうのをすごく考えたんです。で、『PAPILLONNER』の時のスピード感を僕はすごく気に入っていて、特にWebマガジンってスピード感がすごく重要なので、それを持っている人にアートディレクションをやってもらおうと。それで、会社の隣の部屋が空いたのをわざわざキープして。
山崎
そうでした。長崎さんが事務所を構えられているところの隣の部屋に僕の事務所があったんですよ、去年まで。ちょっと手狭になってしまって、1年ぐらいで出て行ってしまったんですけれども。

新しいことを生み出すための、ルールづくり。

山崎
それでは、そろそろメインのパートのお話を聞いていこうと思います。最初のパートでは、長崎さんの仕事の感覚ですね。いろいろな長いキャリアをお持ちで、その中で一番楽しかった仕事って、何か覚えていますか?
長崎
印象に残っているという意味では、UNIQLOCKって2007年にリリースしたんですけど、いろいろな賞をいただいたりとかして。もともとは、世界で一番お金のかかったブログパーツをつくっちゃおうかなぐらいの軽い気持ちだったりするんですけど。
それとか、ブロードバンドが始まった時ばかりの頃のNTTさんの仕事なんですけど、『グローバルチップス』というWebサイトを作ったんです。どんなものかと言うと、100メガバイトの通信速度じゃないと見られないWebサイト。まだ、まったくブロードバンドが普及していない時に。よくやらせてもらったと思います(笑)。
山崎
印象に残っている仕事というのは、なにか共通している意識とかがあるんですか。
長崎
作った仕事がどれだけ良いものになったかというよりも、その過程にどういうチームとやって、どういうやりとりがあったかということの方がおもしろいですね。それはもちろん、クライアントもそうなんですよ。クライアントの方ともやっぱりチーム化していって、彼らが移動しても次のところで、また一緒にやろうよって言ってくれるとか。そういうつながっていくという感覚が、仕事の感覚って言われると、僕にとってはそれが一番ですね。
山崎
それは、ずっと同じチームでやりたい、気の合う仲間とやりたいっている、そういう感じともまたちょっと違う気がしますね。
長崎
違いますよね。ほとんどの場合、チームには新しい人をひとりは入れます。僕自身が駆け出しからそういう形で使っていただけたんで、いまも仕事してられるっていうのもあるし、できるだけチャンスをいろいろな人たちと共有したいというか。僕自身も、新しい人たちから刺激を受けたいので。
山崎
すごくニュートラルですよね、そういったところが。
長崎
「そうですかね。『TOKYOWISE』の編集チームも、ある僕の友人が作ってくれたんです。僕は一切集めてないんですね、あれは。僕がいままで仕事したことがないライターというのを条件にチームを作ってもらって。」
山崎
へぇ。先ほどの話もそうですけど、100メガじゃないと見られないとか、今まで会ったことのない人とか、なにかひとつ強いルールを設けて、それに基づいてドライブさせていくっていう、そんな感覚もあるんですか?
長崎
ありますね。そうじゃないと、次の新しいことって、なかなか見つけられない気がしているんですね。自分がルーティーンのなかで、過去の成功体験にとらわれて、前うまくいったからやろうよって話になっちゃうので。それは、クリエイティブ上の落とし穴として危険だと思っているので、やらないようにしています。
山崎
あえていろいろなジャンルであったりとか、商材みたいなところもやったことがないものを意識的にやってみようというような感覚もあるんですか?
長崎
昔パルコさんの仕事をやっていたんですけど、それまで僕はオーディオのコピーライターもやっていたんで、オーディオのスペックを書くように洋服の仕様を書くっていうのをやってみたら、ものすごく新鮮なわけですよ。『Begin』っていう雑誌もそうなんですけど、カタログでやるような、引出し線で説明するようなのを雑誌の上でやってみたら、今までになかったねっていう話になって。ある分野で当たり前のものが、他のところにいったら新鮮に映ることっていっぱいあるじゃないですか。そうやっていろんなところにアイデアを持っていく。新鮮に見えるためには何があるのかっていうのを置き換えてみたりするというのが、ちょっとおもしろいんです。

ファッション的発想から生まれるクリエイティブ。

長崎
いろいろな業種の仕事をやるんですけど、根っこはやっぱりファッションなんで、うちの場合は。そこはゆるぎないんですけど、ファッション業界がここのところ停滞しているので、そこがちょっと残念ですね。
山崎
根っこがファッションというのはやっぱり、長崎さん自身がファッションが好きだっていう、確固たる骨子のようなものなんですか?
長崎
いやー、そういうわけでもないんでしょうね。例えば、アルマーニという人は、ほとんどの場合黒いTシャツなんですよ。ラルフ・ローレンもタキシードを着ますけど、ほとんどの場合は白いTシャツにジーンズだし。だから、彼らはそうやって自分をニュートラルにすることで、新しい発見をしようとしている。いろんな服を着るからファッションが好きかっていうと、そういうことではないと思っていて。僕自身はファッションは好きですけど、それが自分で洋服を作るっていう感覚にはまったくならない。ファッション的に物事を考えるっていうのが好きなだけであって。
山崎
なるほど。思考回路としてということですね。ところで、今日のファッションのこだわりはなんかありますか?
長崎
ほぼないです。ないですって言うか……1953年生まれなので、バンで育った世代なんですよ。リスナーの方が御存知かどうかわからないですけど、いわゆるアイビーってやつです。その後に、学生運動とかロックの時代が来て、長髪にしてみたりとか、いろいろ紆余曲折はあるんですけれど、結局大人になってくると自分のベーシックというか、洋服の感覚を鍛えられたところに戻っていったなという感じで。ルールというのがブランドにはけっこうあって、ルールを知ったうえでルールを崩すっていうところが、ちょっとおもしろくて。前に僕の先輩が言っていたんですけど、センスって何かっていったら、どれくらいの具合で外すかっていうのがセンスだと。センスの良い悪いっていうのは、足し算していくんじゃなくて、ちょっとだけ外すっていう感覚。
山崎
ちょっとずらす感じですね。
長崎
それを聞いて、おお、なるほどと思った。クリエイティブもそうですよね。かちっと作るっていうのは、ちゃんと勉強すればできるんだけど、そこに隙間をちょっと作ることで、人の気持ちがふっと入ってくる。そういう意味では、ファッションをいろいろと自分で考えたり、着こなしていくっていうのは、クリエイティブの勉強にもなるんじゃないかなと思ってるんです。だから、全身どっか1個のブランドっていうのは、ちょっとそれじゃあセンスが磨かれないよねって思ってますね。

仕事と遊びの境界線も、フラットに。

山崎
では、そろそろ最後のパートですね。時間感覚についてというところなんです。意識的に仕事と遊びみたいなのって、バランスをどうのようにとっていますか?
長崎
とってません。電車に乗ってる間に考え事してる時は、それも仕事なのかなって、何なのかなあとか。飲みに行ったところで、誰かとおもしろい会話になったりすることが仕事につながる時もあるし、そこの区別はほとんどないです。
山崎
なるほど。ちなみに昨今、ワーク・ライフ・バランスみたいなこともけっこう取りだたされるじゃないですか。そんななかで、今の若い世代に長崎さんが、こういうふうにバランスとっていったらいいんじゃないかというのは、なんかありますか?
長崎
自分の仕事とかライフスタイルってみんな言うけど、その中に自分の趣味的なものをどんどん持ち込んじゃえばいいと思うんです。サーフィン好きならサーフィン雑誌の仕事したりとか、サーフブランドの仕事すればいいじゃないかって感じで。ただ、そこを目指してどうやっていくかとか、どういう知識をつけていくかとか、どういう勉強をしていくかっていうことだけであって。僕らの仕事は、そういうことができる仕事なんだけど、逆にあるどっかの公共企業にいますという人がいると、そちらのほうが自由度は高いかもしれないですよね。9時から5時まで仕事して、ご飯食べて、家で一眠りしてからクラブに出かけるって人もいるわけですよ。僕らは、ぎりぎりまで仕事してるから……。
山崎
まず無理ですよね。
長崎
どっちが本当に豊かかっていうと、どっちでもないような気がするし、それは選択の問題で。自分のバランスのとり方とかは難しいんですけど、それを決めなきゃいけないのは割と20代だったりするんですよ。
山崎
ちなみに、いま長崎さんが61歳で、次62歳になられるということで。昔思い描いていた62歳と、今ってどうですか?
長崎
口では言ってますけど、泳いでないと死んじゃう魚みたいって、よく言われますから。結果、やり続けるんだろうなと。
山崎
さて、ぼちぼち時間も近づいてきたんですけれど、最後にリスナーの方へのメッセージをお願いいたします。
長崎
メッセージですか。自由に生きて楽しみましょう。今日、晴太郎君にも言っていただいた、フラットな感覚で世の中を見回していくっていうのが自分を楽しくする一番のベースになると思うので、そんなふうに暮らしてもらえればと思います。
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