2021.01.31
宮島達男 vol.1
1月31日の文化百貨店にお越しくださったのは、日本が誇る世界的な現代美術家である宮島達男さん。今回は、宮島さんのベースとなっている思想や作品についてお聞きしていきます。
世界と戦うために模索したオリジナリティとコンセプト
【山崎】普段は視覚が中心となるアートという文脈の中で表現をされてきていると思うんですけれども、ラジオという”音だけで伝えるメディア”をどう捉えられていらっしゃいます?
【宮島】実は、音だけの作品というのも作っているんですけど、音のメディアってとっても良いですよね。最近のメディアは、視覚に頼りすぎていて、想像力がむしろ欠乏してしまう事が多いので、音のメディアというのは、想像力が掻き立てられるのでとってもいいですよね。
【山崎】ラジオに人が戻ってきているというのも、その背景にあるという気がしますね。早速、宮島さんの活動について、お伺いしていきます。現在の活動は、インスタレーションなどを用いた作品が代表的だと思いますが、そういった表現になっていった理由や背景を教えていただいていいですか?
【宮島】大学時代に油絵科に在籍していたんですけど、油絵を1枚も書かないで卒業したんですよね(笑) 芸大に入った時から、表現の舞台を”世界”というのを目標に定めていました。でも、西洋から始まって長い歴史を持つ油絵という既存のメディアでは、太刀打ちができないと思っていたんです。パフォーマンスとかインスタレーションといった分野であれば、みんなが同じスタートラインに立っているので、「新しい表現をやっていこう」というつもりで、大学1年の時からと取り組んでいました。
【山崎】ある意味、戦略的というか、勝つべくして勝ったという感じなんですかね?
【宮島】名前が通っていなければ、単なるおじさんになってしまうと言いますか……。綱渡りのような奇跡だったと思います。
【山崎】1987 年に「それは、変化し続ける。それは、あらゆるものと関係を結ぶ。それは、永遠に続く。」という3つのコンセプトを発表されました。背景には、仏教や東洋思想といった深い部分での独自性みたいなものがあるのかなと思っているんですけど、これは西洋に対する1つの武器というような形で選ばれたのでしょうか?
【宮島】世界と勝負していくにはオリジナリティが必要になっていくんですよね。オリジナリティというのは、自分自身の奥深いところから出てくる、誰とも比べようがない部分です。僕は日本で生まれ育っているので、オリジンというのは、日本や東洋の文化や思想が必然的に出てくることになると思います。そういった地域性が入っていないと世界では、戦えないんですよね。
【山崎】僕は、ニューヨークに留学していたことがあるんですけど、アメリカっぽいものを作りたいなと思っていたら、「お前のルーツはどこからなんだ!」って、こてんぱんにされました(笑) 表現というものは移り変わる価値を持っていたり、時代自体も移り変わっていくと思うんですけども、その可変性とコンセプトの点としての力みたいなものは、どうやってバランスを取って来られたのでしょうか?
【宮島】時代とか経験で変わったりするようなものであれば、普遍的なコンセプトとは言えないと思うんですよね。様々なことがあっても流されない、また色褪せないような強靭なコンセプトを持っているかどうかだと思うんです。コンセプトを言語化することで、はっきり自分のオリジナリティを獲得していく人もいれば、言語化されないままにオリジナリティを獲得していく作家もいます。僕の場合は、自分自身が騙されやすいタイプなので、言語化することによって逆に自分を律していくというような部分がありますね。
LEDデジタルカウンターと数字での表現に託すもの
【山崎】宮島さんといえば、0を用いないLEDのデジタルカウンターの表現が非常に印象的ですが、このメディウムというかツールが、表現したいことと合致した要因はどういった部分でしょうか?
【宮島】デジタルの数字って、あの8の字の中に全ての数字が含まれているんですよ。数字を表すことで、変化していく様を表現できますし、0をなくしたりすることで、一瞬の暗闇になって、それが死を暗示させるというか。そいう事で、生と死のダイナミズムを生みだしたりすることもできるんですよね。他の数字との関連で、あらゆるものと関係を結ぶというコンセプトが表現できたり、とても自分のコンセプトにフィットするものがあったんですよね。
【山崎】数字に色んな物をメタファーして込められていると思うんですけれども、デジタル数字というものに対してどういう考えをお持ちですか?
【宮島】私が数字ばかりを使っているので、「宮島は数字フェチではないか」とか言う風に言われるんですけれども(笑) 別に、数字が好きでたまらないというわけでは無いんです。僕は数字を海・山・花・木などと同じように、非常にニュートラルに捉えています。ただ、その数字を自分の言葉として使用するようになったので、”大事な物”だなというのはありますよね。
【山崎】LEDカウンターは、ある意味テクノロジーだと思うんですね。技術が進歩をしていくに従って、作品が持つ意味合いも変わってくるのかなという風に思ったりもするのですが、テクノロジーや技術の進化はどのように捉えられていらっしゃいますか?
【宮島】僕の最初の頃は、“テクノロジーアート”と言われていたんですけど、テクノロジーが進化したから作品が生まれていくということは無いし、それはダメなケースだと思っています。まず、アーティストに“こういうものを作りたい”という構想があって、それに何とか近づける為にテクノロジーが発達していくというのが理想のような気がしますね。
【山崎】なるほどね。アートでもデザインでも、いろんなツールがあって色んな作品をすぐに見れてしまう。なので、自分の本当に大事な事や、自分が表現したい事、自分の特異性みたいなものが、なかなか掴みにくくなっているのかなという感じはしますよね。
【宮島】そうですね。自分が作っているというよりも、”テクノロジーに作らされている”感じですよね。テクノロジーに人間が使われちゃっている姿が、ちょっと残念な感じはしますね。
Art in Youという概念とアートの力
「Sea of Time’98」Photo by Norihiro Ueno
【山崎】僕が初めて見た宮島さんの作品でもあるんですけど、1998年に香川県の直島で発表された『Sea of Timeʼ98』。どういったきっかけで、住民の方と作り上げる共創型の作品が生まれていったのでしょう?
【宮島】当初、住民の方を巻き込むということは全く考えていなかったんです。古い民家があって、代々そこに住んでいる現代美術の“げ”の字も知らない、おじいちゃんおばあちゃんばかりの場所だったんですよね。そこに東京から来た僕が「どうだ!」って、訳のわからないものを置いていっても島を荒らしちゃうという感じになっちゃうんですよ。それだけは避けたかったので、島の人たちを巻き込んで“自分ごと”にしてもらおうと。 “巻き込むこと”自体が目的ではなく、現代アートという訳の分からないものを「ようこそ」と言ってもらいたかったんですよね。
【山崎】実際に、やられてみていかがでした?
【宮島】今でこそ島中がアートになっていますけど、当時はベネッセハウスはありましたけど静かな漁村だったんですよ。だから、なかなか来てくれない。知り合いの知り合いに会いに行って、一緒にお酒を飲んで飲ませて「参加してくれ」みたいな。最初は、島の人は誰も宮島達男の作品が分からなかったと思うんですけど、後になって「自分は結構すごいことに参加していたんだなぁ」みたいな感じになりましたね。
【山崎】「自分が参加した作品だ!」みたいな感じで、色んな方に喋って下さるわけですもんね。
【宮島】親戚に自慢したりしてね。でも、本当にそうやって受け入れて下さって有難かったですね。
【山崎】この作品にも繋がってくると思うのですが、宮島さんが書籍の中でも提唱されている“Art in You”という概念について、教えていただけますか?
【宮島】”アートは、あなたの中にある”という意味なんです。アートって考えてみるとアーティストの専売特許で、一般の人たちがそれを見てひれ伏すみたいな構造をずっと持っていたんですよ。ところが、アートの世界に入って色んな経験を積んでいくうちに、むしろ、見る人がいてアートは初めて成立できるんじゃないかと思ったんです。そうでなければ、アーティストがいくらいいものを作っても、それは単なる石ころであったり、単なる機械部品であったりするわけですから。それで、”一般の人たちこそがアート的なる物を内在化している。内側に秘めている“という風に考えてアート作品を見た時に、非常に納得が出来たんですね。
【山崎】冒頭でご紹介した、3つのコンセプトや”Art in You” と、言葉が印象深い感じがするのですが、言語というものをどういう風に捉えていらっしゃいますか?
【宮島】読書が好きで、言葉をちゃんと使おうという意識は昔からあったんですけれど、訓練をしたのは大学に勤めるようになってからですかね。若い20代の学生たちに伝える時に、イメージだけでは全然伝わらないし、自分が生きて来た時代の言葉をそのまま投げかけても、全く理解ができないんですよね。どうしても思いを伝えていきたいと思って、新しい表現やワードを勉強したり訓練したりして、鍛えて行きましたね。
【山崎】まさに、言葉を練り上げて来られたという感じですね。また、著書『芸術論』の中で「戦争の反対語は平和ではなく芸術だ」という、印象的な言葉も書かれていらっしゃいます。まさに”Art in You”という全ての人の中に、アートのエッセンスがあって、それを平和のトリガーとして解説や解釈をしていくというのは、すごく面白いなと思いましたし、芸術の社会的な役割の一端を説明している言葉で「良いな」と思ったんですけど、芸術の力についての考えを教えてください。
【宮島】これは「社会の役に立たないことを、自分はやっているんじゃないか」というような、負い目や迷いのある学生たちに向けて「そうじゃないんだ」という事を伝えたくて作った言葉なんですね。例えば、暴力や戦争は“人を分断していく”けれども、芸術は“人と人をくっつけていく”共感させるものですから、戦争の真逆にあるんですよ。芸術というのは、意見の合う人・合わない人を全部”共感”や”想像力”というところで、一緒に生きていくというものですから。平和がゼロポイントだとすると、戦争というのはとてもマイナス方向に振れているものですよね?それを大きく戻していくためには、真逆のプラスポイントである芸術でしか、引き戻せないんですよ。なので、戦争の反対語は、平和ではなくて“アート”なんです。
【山崎】なるほどね、めちゃめちゃ腹落ちしました。全ての人がわかる言葉だと思いますね。まさに、大学で教鞭を取られていたその力が凝縮している言葉だなと思いました。
【宮島】すみません。芸術家じゃないみたいで、ごめんね(笑)
【山崎】とんでもない(笑) 本日のゲストは、現代美術家の宮島達男さんでした。ありがとうございました!
【宮島】ありがとうございました。
といった所で、今週の『文化百貨店』は閉店となります。来週も、宮島達男さんをお迎えし、長年携わられているプロジェクトの話などを伺っていきます。
今週の選曲
宮島達男さんリクエスト
月の光 / フジコ・ヘミング