2021.07.18
久保田真帆 vol.1
7月18日の文化百貨店は、お出かけ収録。東京の外苑前にあるMAHO KUBOTA GALLERYにお邪魔をして、代表の久保田真帆さんにお話しを伺いました。
「みんなが買う」とは思っていないので、どんどん作品に触れて欲しい
【山崎】定番となってきたロケ回ですね。今回は、MAHO KUBOTA GALLERYにお邪魔をしています。明るくて気軽に楽しめる雰囲気ですごく良いなと思いました。それに、現代アートは説明してもらうと面白さがグッと上がりますよね。拝見したのが安井鷹之介さんの『The Plaster Age』(2021年7月31日まで)という展示なんですが、内容を教えていただけますか?
【久保田】安井鷹之介さんは28歳で東京藝術大学の彫刻科を卒業した気鋭のアーティストです。カラフルな現代的なペインティングが大変人気を博して来たんですが、彼の原点は彫刻にあるという事で今回の『The Plaster Age』では彫刻の素材である“Plaster=石工”をテーマに、等身大の彫刻を中心としたダイナミックで本格的な彫刻を展示しています。
【山崎】安井さんはMAHO KUBOTA GALLERY所属のアーティストですが、他にはどんなアーティストが所属されているのですか?
【久保田】例えば、『貨幣の記憶』という個展を今年の4月~5月にかけて開催したAKI INOMATAさん。その展覧会は、貝は古来において貨幣のように交換されていたという歴史を鑑みて「貨幣の化石を作ってみよう」という試みでした。日本であれば福沢諭吉、イギリスだとエリザベス女王、アメリカだとジョージ・ワシントンなど、貨幣のアイコンの核を真珠貝に挿し入れる事によって、アイコンを真珠化させた作品をつくって展示したんです。
【山崎】面白いですね。すごく見てみたかったです。
【久保田】あとは、ジュリアン・オピーですね。ピクトグラムのように単純化させた人の形や風景を作品にしている作家です。
【山崎】ジュリアン・オピーは昔からすごく好きで、大学生の時に水戸まで車で観に行った覚えがあります。ジュリアン・オピーの作品はかなりアイコン化されていて、ポップであるが故に馴染みがあるし、入りやすいと思うんですが、どういうコンセプトの作家なんですか?
【久保田】 ポップアートと言われる事も多いんですが、彼自身は自分の事をポップアートだと思っていないんですね。彼のアートは、他のものとあまり繋がっていない“スタンドアローン”というか……。本当にユニークなんですよ。
今やっているのは、社会を“私たちがどのように見ているのか?”というのを整理して、出力するという事なんです。リアルな風景をジュリアン・オピーを通して見ることによって、私たちが“世界を新しく見る眼差しを持てる”そういう事をやっているアーティストだと思います。
【山崎】ギャラリーと所属アーティストという概念が分かりづらい人もいると思うんですけど、ギャラリーは実際には何をする所なんですか?
【久保田】ギャラリーにも種類はいくつかあるんですけど、私たちはコマーシャルギャラリーです。アーティストに所属していただいて、展覧会にやることによって、作品を知ってもらったり購入してもらったりして、美術館での展覧会に繋げて行ったりします。
【山崎】「日本人は、最も美術館に行く人種だ」と言われるじゃないですか?それと比べるとギャラリーに行くことは、まだ日常化されていない気がするんですけど……。
【久保田】ここ1~2年、若い人たちがふらっと来てくれたりして、嬉しいなと思っています。ですが、みなさん「入るのに勇気が要った」と仰っるんですよね。入ってくれる人みんなが買ってくれるとは思っていないので、もっとウェルカムなんだけどなと思っています(笑) そういうことを気にせずに、どんどん作品に触れて欲しいですね。
ギャラリーの軸となる2つのテーマ ジェンダーと認知心理学
【山崎】MAHO KUBOTA GALLERYのテーマの1つとして、“ジェンダー”を掲げていらっしゃいます。そのテーマに合わせて、所属アーティストを決めたりするんですか?
【久保田】そうとも言えるし、それとはまた違った形もあるんですけど……。ジェンダーに関していえば、長島有里枝さんというアーティストと付き合いが長いんですけど、一緒に仕事をしていく中で彼女のやっている事の偉大さをどんどん知っていくわけですよ。彼女がジェンダーやフェミニズムをテーマに作品をつくっている時に、すごく刺激されて。
【山崎】そこが、きっかけだったんですか?
【久保田】そうですよ。元々は、長島さんです。それ以外でも、そういったテーマを扱っている人の作品も意識はしていましたけど……近くにいて、自分より若い長島さんが同じような問題や課題を抱えながら、真剣に向き合って挑戦している姿に、とても刺激を受けました。
【山崎】なるほどね。男性のヒエラルキーが強いという事が、色んな業界で話題になっているじゃないですか。アート業界をずっと見られてきて、そういった事を感じられますか?
【久保田】教育の場ではよく言われますけど、他のジャンルと比べると、かなり女性が活躍している分野という気はしています。アート業界で“女性である事”を不利に思ったことは、他の業界よりは少ないと思います。
【山崎】“ジェンダー”や“ダイバーシティ”が 世界的に機運が高まってきていると思うんですけど、アート業界でも変わってきましたか?
【久保田】フェミニズムのアートは1970年代ぐらいからあるものなので、テーマとしてはずっとあるんですよ。2018年のMe tooの運動から、「ジェンダーコンシャスなアートを見よう」という機運が高まってきて、それで議論が起きることによって、ジェンダーをテーマにしたアートに注目が集まるという影響はあったと思います。
【山崎】Me tooの前後で、テーマ性の変化はありましたか?
【久保田】学術的に調べているわけでは無いので、定かでは無いんですけど……。70年代はウーマンリブの時代で、“女性性”みたいなものをテーマにした作品がすごく多かったと思うんですよね。それから80年代~90年代にかけてエイズの問題が社会に影を落とした時に、女性の問題だけではなくて“ジェンダーをもっと広い範囲へ”という意識で作品をつくっている人が、取り上げられていたと思います。
こういう言い方をすると間違えているかもしれないですけど……。ここに来てのジェンダーは、ある種のブームになってきているからこそ、表層的なものが増えてきているのかなと。分かりやすいアプローチのものが増えて来ていて、「本質を見失っているのではないか?」と思う時はあります。
【山崎】なるほどね。ギャラリーのもう1つのテーマとして、“脳=認知心理学”も掲げていらっしゃいますよね?
【久保田】私も勉強している最中なんですけど、認知心理学は“人間がどのように物事を知覚し、理解・判断をして、自分の思考に落とし込んでいくか”というプロセスについて研究しているものだと理解しています。近いものだと知覚心理学というのもあって、それは“視覚や聴覚、嗅覚という感覚から、物事を捉える”ということですよね。
【山崎】これをテーマにしようと思ったのには、理由があるんですか?
【久保田】自分がアートを鑑賞したり、解釈していく際に、既存の方法論では限界が来ていると思ったんですよね。例えば、社会的なコンテキストやピューリズム、あとは美術史や哲学からアートを観て、アートを語ることに限界が来ていると感じていて。もちろん、それでアートを語ることは大事なんですけど……。
【山崎】次の視点を探している所なんですね。いつ頃から、そういう形になったんですか?
【久保田】やっているうちに気が付いたという感じですかね。ただ、きっかけとなったアーティストがいて、ジュリアン・オピーがそうですね。ピクトグラムというのは、まさに知覚ですよね。
【山崎】そうですよね。
【久保田】人は脳が無意識に動いているので、例えば“顔を見ると反応する”というような事も、彼が作品を通じて、実験しているところがありますよね。
もう1人のきっかけが、武田鉄平という作家です。彼はポートレートを通じて、“画を観るというのはどういう事なのか?”や“画を観る時に人間何が起こっているのか?”という事を問いかける作品をつくっている感じです。
【山崎】“何を考えてつくっているのか?”という部分で、久保田さんの感覚とアーティストの意識って、どれくらいシンクロするものなんですか?ジュリアン・オピーや武田鉄平さんが、どれくらい認知心理学とかを考えてつくっているのかなって……。
【久保田】ジュリアンに、「脳科学に興味があるんだけど」とメールをしたら、すぐに「まったく、その通りだよね」という返事が来たので、そんなに外れていないのかなと。ギャラリーはアーティストとかなり近い形で作品を観ますので、そこは噛み合っていると思います。
デートでギャラリーに来てくれる人がいるのが嬉しい
【山崎】MAHO KUBOTA GALLERYでは、もう1つ別軸のテーマで“広く開かれたアートスペース”という事を仰っています。先程、お話にあった「入るのに勇気が要った」というような所から、この意識は来ているんですか?
【久保田】私はイギリスに留学していたことがあるんですけど、現代アートについてみんなが意見を持っているし、日常にアートがあったんですね。それから日本に帰って来てアートのお仕事をするんですけど、日本の現代アートがまだ開かれていなくて、暗いイメージがあったんです。今は状況が変わってきているとは言っても、まだ敷居が高い部分もあると思うので「自分の生活のアジェンダの中に、もう少し気軽に“アートを観る”という行動を入れてもらいたいな」と考えて、“開かれたアートスペース”という表現をしました。
【山崎】90年代後半の日本の現代アートが、暗い印象があるというのは、すごく共感するというか……。それに比べると、最近はアートが流行っている感じもありますし、オープンな感じはしますよね。何で、変わってきと思いますか?
【久保田】やっぱり、村上隆さんや奈良美智さんといった先人が頑張ったからじゃないですか(笑) 1990年代に地下鉄に乗っていた時に、隣の女子高生が「奈良美智」と話しているのを聞いて、「現代美術アーティストの事を女子高生が普通に話している!」と思った驚きは、今でも新鮮です。
【山崎】確かに、作家の力でイメージが拡張していく事も多いのかもしれないですね。
【久保田】あとは、都心に森美術館が出来たりして、気軽に行ける場所が増えましたよね。それとインターネットの影響もすごく強いと思います。
【山崎】収録の前に、久保田さんにギャラリーを案内していただきながら作品の話を伺ったのですが、うまく言葉に出来ないですけど、僕にとっては“スーッと行く”感じだったんですよ。あれは、すごく楽しいなと思いました。
【久保田】ありがとうございます。私の場合は、現代アートのすごく良い展覧会を観ると、何とも言えない違和感が襲ってきて「この違和感、素敵!」と思うんですよ(笑) 「この物質が発している違和感のエネルギーって、すごいな」と思えるのが、私にとってのアートの醍醐味ですかね。
【山崎】色んな楽しみ方もありますし、実際に行かないとそういう感覚に辿り着くのは難しいですよね。MAHO KUBOTA GALLERYを“広く開かれたアートスペース”にするために意識されていることはありますか?
【久保田】外苑前を選んだのは、デザインや建築といったカルチャーに敏感な方々が集まる場所という印象があったからです。歩いていても楽しいので、散歩や食事のついでに入っていただければという想いがあったのが1つですね。もう1つは、ギャラリーが1階なので、外から見えるので、入りやすいのかなとは思います。
【山崎】最近は、若い方もいらっしゃるんですか?
【久保田】そうですね。デートで来てくださる方がいらっしゃるので、それがとても嬉しいですね(笑)
【山崎】それは、嬉しいですよね。 緊急事態宣言下ですが、MAHO KUBOTA GALLERYはオープンされています。実際に観て、味わってもらうと、心の動き方も違ってくると思いますので、ウェブサイトで情報をキャッチアップしてから、気を付けて遊びに来てください。
といったところで、今週の文化百貨店は閉店となります。次回も引き続き、MAHO KUBOTA GALLERY 代表の久保田さんに、キャリアやこれまで触れてきたアートについて伺います。
今週の選曲
久保田真帆さんのリクエスト
Bad Friend / Rina Sawayama
山崎晴太郎セレクト
Casual Encounters / James Tillman
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