2021.08.01
森ゆに vol.1
8月1日の文化百貨店のゲストは、山梨県を拠点に活動されているシンガーソングライター・ピアニストの森ゆにさん。今回は、森さんのルーツや曲の作り方について伺いました。
空間で鳴っている空気感をすくい取って音源に落とし込みたい
【山崎】僕の好きなレコードショップで、森さんの作品が紹介をされていたので聴いてみたら「めっちゃいいじゃん!」と思って、それをきっかけにお声がけさせていただきました。よろしくお願いします!
【森】よろしくお願いします。森ゆにです。
【山崎】山梨県にお住いなので、リモートでお話を伺っていければと思います。出身は、横浜なんですよね?
【森】はい。大学を卒業するまでは、横浜の実家にいました。
【山崎】Twitterを拝見すると、ラジオがお好きなようですね。
【森】そうですね。限られた局の、限られた番組でお恥ずかしいんですけど(笑)
【山崎】昔から、ラジオはお好きなんですか?
【森】学生の時は結構聴いていましたし、今も家でちょっとした時にも聴いています。あと山梨は、ほとんど車社会なので、運転する時に聴いたりしていて、聴きたいタイミングが増えてきましたね。
【山崎】音楽のお話を伺っていきたいんですが、最新作が2019年11月にリリースをされた『山の朝霧』。これは、どのような作品ですか?
【森】自分の住んでいる所が、山に囲まれていて、そういう事に影響されているのかなと思うんんですけど、山を中心とした風景を音楽に落とし込んだようなイメージがあるかなと思います。
【山崎】最初に山のイメージがあったんですか?それとも、1つが出てきてから、どんどんイメージが固まっていったという感じなんですかね?
【森】基本的な作り方としては曲が先に出て来ていて、 その中にある“ぼやーっとしたイメージ”に言葉を載せていくんです。その“ぼやーっとしたイメージ”も、ほとんど山を中心とした抽象画や風景画だったような感じですね。
【山崎】この作品はスタジオではなくホールで、スピーカーを鳴らしてレコーディングをされたんですね。こういう形でレコーディングをされた理由はあるんですか?
【森】今までの作品も、1作目以外は全てホールでレコーディングをしているんです。べったりマイクで拾った音像よりは、ピアノも含めて“空間に音が鳴っている”という感じを音源に上手く落とし込みたいというイメージがあったので、ホールという空間で鳴らして、その音を空気ごと録るみたいな手法でやってきましたね。
【山崎】曲の世界観と合っている感じがしますよね。
【森】今までの歌物は音の位置関係的にピアノが後ろにあって、ボーカルが前に出て歌詞もしっかり聞こえる事が理想だったと思うんです。そうではなくピアノもボーカルも同列で、空間になっているものを“すくい取る感じ”が自分の好みではあったんですね。聴き方によっては、歌詞が聞き取りづらい瞬間もあるかもしれないんですけど、あえてそこを狙ってみたというか。
【山崎】なるほどね。今回は、『山の朝霧』から『春風』という曲を聴いていただきましたが、これはどういう曲ですか?
【森】家でピアノを弾いていて、「スピード感のある曲が出来たな」という感じだったんです。その時に、春一番の風の感じがすぐ思い浮かんだので、そういうイメージで作ってみました。
【山崎】そういった風景的なイメージが、パッと出てくるタイプですか?
【森】最近は、そうですね。もっと、ぼやーっとした感じもあるんですけど、それをうまく言葉にするという作業です。
【山崎】それは、山梨に行かれたのも影響はありますか?
【森】山梨に来たからすごく何か変わったって、あまり言いたくなかったし、「変わったね!」と言われるのも、こそばゆくて嫌だったんです。東京から山梨に引っ越してきた形になるんですけど、明らかに住んでいる周辺の環境や風景が違うので、否が応でも影響されるというか……。それまでは、わりと人間に焦点が当たっていたのが、自分の視点が人間から離れたところに行っている事に、後々気が付いたという感じですね。
自然に出した声に合った音楽をやっていこう
【山崎】2012年にカバーアルバムの『シューベルト歌曲集』をリリースされています。ポップスというジャンルに軸足を置く中で、チャレンジングな取り組みなのかなと思うんですけど……。
【森】多分、どこかのタイミングで誰かに「番外編みたいな感じでカバーアルバムを作ってみたら?」と提案されたんですよね。でも、それまでクラシックの勉強をしていた時間が長かったりして、往年のポップスにそこまで繋がりが無かったんです。その時、“自分のルーツはどこなのかな?”と思ったら、習ってきた歌曲だったんですよね。それで改めて、家にあるシューベルトの音楽を聴いたり、譜面を見たりするとすごくポップだったんですよね。『野ばら』は、どこかのタイミングで習っていて知っているという意味では、ポピュラーソングと言っても過言ではないんですね。
【山崎】なるほど。
【森】それをクラシックみたいな歌い方でなく、少し力を抜いて、でも変に編曲をしないでピアノもきちんと譜面通りに弾いてという風に作ったら、「どういう風に聞こえるのかな?」と思ったんです。
【山崎】ピアノを幼少期から習っていて、その後に歌を興味持ったという順番ですか?
【森】ピアノを5歳から習っていたんですけど、教えていただいていた先生が音大の声楽科出身の方だったんです。「歌心がピアノに良い影響を及ぼすから」という理由で、ピアノを教えながらミュージカルの『Sound of Music』とか『Annie』の曲を歌わせる先生だったんですよ。それで歌を好きになりました。
【山崎】今の歌い方は、どういう変遷で辿り着いたんですか?
【森】キリスト教系の私立中学校に入って、そこで部活の1つとして聖歌隊があったんですよ。学校の礼拝行事の時に歌うんですけど、それに所属していたので、宗教歌も歌ってきたんです。それから、高校の時ぐらいからラジオも聴きだして、流行っているポップスとかも興味を持ちだしたんですけど、その頃に椎名林檎さんがデビューしたんですよね。それで、すごい衝撃というか……。
【山崎】衝撃でしたよね
【森】言い方に語弊があるかもしれませんけど「こういう汚い声出してみたい!」みたいな憧れがすごく出ちゃって(笑) 家でこっそり練習したんですけど、全然出ないし、喉を痛めるばかりだったんですね。そこで、自分が自然に出したものが“あなたの声ですよ”という感じで、声は個人によって個体差があるものだなと気づいたんです。だから、“声に合った音楽をやっていこう”という、ある意味あきらめというか。方向性がそこで収まりましたね。
【山崎】聖歌隊の時に、自分の声を作ったという事ですかね?
【森】そうですね。
【山崎】弾き語りだけではなくて、ピアノ、アカペラ、コーラスとか、色んな形で活動されているじゃないですか?どれが良いとかってありますか?それとも、全方位的にやる感じなんですか?
【森】いわゆる、歌詞がある歌だと、良くも悪くも言葉が付いているから、聴いている人の方向性を定めていくものじゃないですか?そういう物をやりたいというのは1つあります。でも、逆にそういう方向付けをしたくないなと思う時に、ピアノや歌詞の無いヴォーカリーズというコーラスだけにしたりとか、「こういう作品性にしたいな」というので使い分けているのかな。
聴く人が画をイメージしやすい綺麗な日本語選び
【山崎】アルバム『山の朝霧』もですけど、言葉と音楽がすごくマッチしているというか……。ご自身の作品の言葉について、どういう意識や思いで作られていますか?
【森】先程も少し話したんですけど、ほとんど曲を先に作っているんですね。その曲から想起される、ぼんやりしたイメージを一生懸命言葉に変換する作業なんです。出来るだけ日本語として綺麗で、聴く人が何かの画をイメージするような言葉を上手く当て込みたい。あと、言葉の意味も、辞書で「これでいいのかな?」と調べたり、類語辞典で別の表現を調べたりもしています。あとは、メロディーのアップダウンと、言葉の持っているイントネーションが合致しているかを気にもしています。
【山崎】結構、大変ですよね。
【森】すごく大変です(笑) 日本語は1つの音に対して1文字しか入れられないじゃないですか?例えば、英語だったら音符が1つあれば“rain”とか入れられるけど、日本語だと“あ”“め”と2つ使うから、入れられる情報がすごく少ないんですよね。俳句とかと同じだと思うんですけど、制限された中で、いかに言葉で画を出すかだと思うんです。
【山崎】感覚的には、“解いていく”という感じなんですかね?
【森】パズルみたいな時もあります。ここの部分だけ思いつかなくて、とりあえず“○○○”と書いて置いていたり(笑)
【山崎】そこの文字が見つからないから(笑)
【森】そういう事を延々とやっていたりします。
【山崎】言葉って、ポンポンと出てくるものでもないじゃないですか?それに、自分自身が選ぶ言葉って、似てくるというか……。
【森】そうなんです。また出てきちゃったみたいな(笑)
【山崎】新しいボキャブラリーを取り入れるためにしている事ってあるんですか?
【森】たまに、本を読んだり、他の人の歌詞を見たりはします。でも、色んな人の歌を聴いていると「この人、この言葉好きなんだな」みたいな傾向があったりしますね。それはそれで、その人の頭の中というか、カラーとして良いと思っているんです。
【山崎】森ゆにさんっぽさとか、言葉のルーツはあるんですか?
【森】全然、曲に反映されているかどうかは分からないんですけど、言葉の使い方がすごく好きなのは宮沢賢治ですね。
【山崎】やっぱり!僕、宮沢賢治、すごく好きなんです。昔、演劇や歌をやっていたんですけど、その中で宮沢賢治を題材にしたものをよくやっていたんですよ。その感じと、すごくシンクロしていたので。
【森】ありがとうございます(笑) その辺りをくみ取っていただけて、嬉しいです。
【山崎】本当にすごく伝わっています。だから、僕が森さんの音楽が好きなんだというのもよく分かったし。
【森】嬉しいです。ありがとうございます!
【山崎】ご自身で、あまり多作ではないことを発言されているんですけど、それだけのことをやるから時間がかかりますよね。
【森】本当は、もっと書きたいんですけど、本当に1年くらいかけちゃっている曲とかもありますね。
【山崎】それは、1年で少しずつ出来ていくんですか?
【森】たまに、半年間寝かせた後に、5分で出来たりする時もあります。だから、時間をかけただけ量が出来るかというとそうでもない事が苦しいんですけど(笑)
【山崎】産みの苦しみですね。これまで、2年~4年くらいのペースでアルバムを発表されていると思うのですが、『山の朝霧』からもうすぐ2年という事なんですけど……。
【森】ドキッ!?(笑) でも、次の作品に向けての構想とか断片的なものは結構出来ていて、あとは形にしていくだけなんです。来年中には、何とかしたいなと思っています。今の所は、自宅で録りたいと思っているんですよね。音像的にも、開けているよりかは、少し内省的で、力を抜いて、お部屋から漏れ聞こえているようなイメージにしようかなと思っています。
【山崎】今の時代感も、少しは影響しているんですかね?
【森】私も、後から気づいたんです。どうしても家に籠っている時間は多いですし、無意識のうちにそうなっているのかなという感じはしなくもないです。
【山崎】ありがとうございます。本日のゲストは、シンガーソングライター・ピアニストの森ゆにさんでした。すごく良い時間が流れていたような気がしますね。曲も音楽もなんですけど、人間的にすごく魅力的な方だなって思いました。
といったところで、今週の文化百貨店は閉店となります。次回も、シンガーソングライター・ピアニストの森ゆにさんをお迎えして、拠点とされている山梨県からの活動について伺います。
今週の選曲
森ゆにさんの楽曲
春風 / 森ゆに
森ゆにさんのアルバム『山の朝霧』から
森ゆにさんのリクエスト
木の葉散る / Lantern Parade
森さんが「歌詞の世界に引き込まれて、正座をして聞きたい」と話す清水民尋さんのソロプロジェクト・Lantern Paradeのアルバム『夏の一部始終』から。
“優しい笑顔のまま、涙がこぼれている”ような一見矛盾している世界観が、Lantern Paradeさんの作品を一貫して象徴している感じです。葛藤とかモヤモヤが時々キラキラして見えたりというのが、全て言葉で表現されていて、聴いていてキューとなるというか(笑) 言葉の選び方も、すごく独特で本当に好きなんです。(森ゆに)