2021.10.31
伊藤 敦子 vol.1
10月31日の文化百貨店のゲストは、ジュエリー作家の伊藤敦子さん。山崎が以前から作品を購入している作家の1人。今回は、ジュエリー作家になったきっかけや、自身のブランド・itoatsukoについて伺いました。
イタリアで親近感を覚えた、火・石・水・鉱物
【山崎】伊藤さんには昔から仲良くして頂いていて、作品もすごく好きでいくつか購入しています。何度か番組出演のオファーをしていたんですけど、遂にお越しいただけました。今日は、よろしくお願いします。
【伊藤】よろしくお願いします。
【山崎】伊藤さんはジュエリー作家として活動されていますが、「ジュエリーデザイナー」と「ジュエリー作家」の違いを教えていただけますか?
【伊藤】ジュエリーデザイナーはデザインをして、その後は職人さんに指示を出して作っていきます。ジュエリー作家はデザインだけで終わらずに、自分の手でジュエリーを作っていくという違いがありますかね。
【山崎】最後まで自分で手を入れて作っていくのが、ジュエリー作家なんですね。伊藤さんは、どうしてジュエリー作家を目指したのですか?
【伊藤】元々、「ものづくりをやりたい」という気持ちがあったんです。それと、哲学者の西田幾多郎さんの『善の研究』という本に出てくる、“純粋経験”という言葉に惹かれたという事もありました。難しい本なので自分なりに解釈をしているだけなんですけれど、「繰り返し手の仕事を続けている中で拓けてくる、“体感”や“世界”」に惹かれていたんです。
そんな風に考えていた頃はバブルの最盛期で、日本人のそれまでの価値観が揺らいできた時期でもありました。だから、手の感触や小さな繰り返しの日常を「生業に出来たら良いな」と思ったのが、最初なんですね。なので、デザインというよりも職人側なのかなと思います。修行のように、日々取り組んで、手に覚えさせていくという事に関心を持ったのがきっかけです。
【山崎】そこから、ジュエリーや金属の作家という方向に進んでいった理由はあるんですか?
【伊藤】その時々の直感ではあるんですけど……。イタリアのフィレンツェに勉強に行っていたんですね。色々な選択肢を考えていたんですけど、イタリアで、火や石や水に鉱物というものに親近感を覚えて、「ジュエリーをやろう!」と決めました。
【山崎】フィレンツェはジュエリーで有名なんですか?
【伊藤】ルネッサンス以降のジュエリーや工房が有名な土地でした。だけど私の場合は、イタリアの文化や映画、絵画、宗教画が好きな事もあって、元々語学を学んだりしていたんですね。そんな中で、タルコフスキーの『ノスタルジア』という映画にすごく衝撃を受けたんです。あるシーンで、石や水や火、イタリアの土地の空気感が、すごく直に伝わってきて、映像に触発されました。
彫金の仕事は、まさに火や水、鉱物を調整しながら、学びながらやっている所があるので「繋がっているんだな」と実感しています。
【山崎】自然と呼応したり、対話するという感覚は、日本も強いですよね。自然に対するコミュニケーションの在り方は、イタリアと日本でどう違いましたか?
【伊藤】肌感覚としては、イタリアは建築物にしても“渇いた石が基本”という辺りが、日本とは違うのかなと思います。
【山崎】日本は木が先立つからかもしれないですけど、硬いイメージは無いですからね。
【伊藤】そうですね。イタリアは街の文化というか。街の石の感じというか……。
【山崎】分かる気がします。下にも横にも、石という感じがしますよね。自然観とかその辺りの感覚が、世界の各地で違うという事はありそうですね。
出来上がった言葉や理論の隙間にある気配を伝えていきたい
【山崎】作品について伺っていきます。これまでに、伊藤さんの作品を5つぐらい購入しているんですけど、1年前に買ったのが、金属の表情が色々ある“しおり”。これは、どうやって作っているんですか?
【伊藤】その しおりもなんですけど、すべて銀で作っているんですよね。
【山崎】シルバージュエリーだったんですね。見た目からは、そんな印象が無かったです。
【伊藤】そうなんですよね。銀に有機物を付けながら溶かしていると、発色してきたりするんです。そういった偶然を導くような作り方をしています。“銀の素”みたいな、ちょっと野性的な感じですかね。
【山崎】伊藤さんの作品には、かなりプリミティブな印象があるんですけど、その中に美しさがありますよね。自分が持っているものが、今の今までシルバーだと思っていませんでした。銀を溶かして、色々なものを入れていくと、あんな色になるんですか?
【伊藤】何かを入れる時もあるし、ただ溶かしている時もあるし。溶かす台の素材を吸っていくという事もありますし、偶然のような……。
【山崎】素材同士の出会いは、セットしているわけですよね。今のお話で、銀にすごく興味が出てきました。僕は、金属にはあまり馴染みが無いので、自分の作品として金属を使う事はあまり無かったんですけど、土に近い気がするというか……。
【伊藤】本当にそうなんです。土のような気持ちで接しているんですよね。
【山崎】そうなんですね。制作をされている中で、作品と色々な向き合い方とかあると思うんですけど、ジュエリーを通して何を表現しようとされていますか?
【伊藤】話が逸れちゃうかも知れないんですけど、“上下や中心の無い世界”とか“あまり囚われることのない世界”に繋がりたいという根底的なテーマがあります。あとは、出来上がっている言葉や理論の隙間というか、狭間にある曖昧な所が、すごく気になっているんですね。
【山崎】概念から零れ落ちている部分ですかね?
【伊藤】そうですね。そういった表現しにくい気配みたいなものが、誰かに伝わって繋がっていけると良いなと思っているんです。
【山崎】境界線とか概念化されていない潜在的な部分という話、よく分かります。そういう考えが、伊藤さんが偶発的に生まれるものを作っていく1つの理由のような気がしましたし、人間同士が繋がっていく媒介として素材があるんだなと思って聞いていました。
作品を生み出すにあたって、日常的に行っているルーティンとかインスピレーションソースはありますか?
【伊藤】基本的にひらめくのは、物を触っている時なんです。ずっと触っていると、ジュエリーの原物を銀で作り出しているんですね。そうやって作ってから寝かせているものがたくさんあって、1カ月後、2カ月後、もしくは1年後に、何かひらめいたりする事が多いですね。
【山崎】1度で完成させるのではなく、もう一度手を入れる事が多いんですね。作品として発表する時には、言葉やテーマを与えたりしますよね。言葉は後に付く感じですか?それとも、先に何となくぼんやりと単語だけ浮かんでいたりするんですか?
【伊藤】本を読んだり、映画を観たり、人の講演を聞いたりするのがすごく好きで、言葉のインプットはあるんですよね。それを身体に蓄積して、「残ったものが何なのか」を改めて自分の言葉に直すので、すごく時間がかりますし「本当にそうなのかな?」って疑念もあったりします。
【山崎】「この言葉で正しいのかな?」という事ですよね。
【伊藤】そうですね。でも、やっていることは身体から出てきているので、言葉も身体も作品も同時に進んではいるんですけど、言葉は後にならないと出てこないですね。
コロナ禍で思い出した“豊な時間”
【山崎】ジュエリー作家としてずっと活動をされてきた中、2011年になって自身のジュエリーブランド『itoatsuko』を立ち上げられましたよね。このタイミングで立ちあげた理由はあったんですか?
【伊藤】このタイミングになったのは、本当にたまたまなんですよ。当時、New Jewelryというインディペンデントな作り手を紹介する展示会に誘っていただいたんですね。それまでも作家として作品はつくっていたんですけど、子育てと並行して細々とやってきた事が、お誘いいただいた事で一気に社会と繋がったというか。
【山崎】「見付けてもらった」というか、「道を拓いてもらった」ような感じですかね?
【伊藤】そうですね。New Jewelry自体が色んな活動をしているので、一緒に活動をすることで、社会とすごく接点が持ちながら仕事が出来ました。ちょうど子育ても一段落した所だったんです。そこから、10年くらいやってきたんですけど、今はブランドにこだわらずに、逆に個人の活動の一部みたいな感じで考えています。ブランドと個人との境が無くなってきたような形ですね。
【山崎】ブランドと個人が融合してきたんですね。伊藤さんの展示によく伺っているんですけど、今年は展示の回数が多いですよね?
【伊藤】コロナの影響で延期になったものが出来るようになってきたので、重なったりしていますね。1つ1つが大事な展示会で、去年から作ってきたものを出しています。
【山崎】僕の周りではコロナのタイミングで活動が制限されたから、自分の作品を見つめ直したり実験をする作家やアーティストが多くなった気がするんですね。伊藤さんも、そういった変化はありましたか?
【伊藤】最初の緊急事態宣言の頃に、1カ月くらい全く仕事をしなくていい時間が出来たんです。この10年程は、時間に追われていたことが多かったので、仕事をしなくて良い時間がすごく豊かだったというか……。そんな時に「何をしよう?」と思っていたら、色々とやりたい事が湧いてきたんですね。 籠りながら内側を見直すという、大事なことが出来ました。
イタリアで過ごしていた時も効率を気にしない生活をしていたのですが「そういう生活が大事だな」と、その当時に感じていた事を思い出したんですね。それは制作にも生活にもすごく大事なことで、一瞬のちょっとした出来事を愛でるのは、ゆとりのある時間で無ければ出来ないんですよ。そういう気持ちを思い出したのは、良かったなという感じですね。
【山崎】今後、作風に変化が出てくると思いますか?
【伊藤】作品づくりや展示を走っていくようなやり方ではなくて、1つ1つを大事にしていこうかなと思いました。
【山崎】丁寧に、向き合っていくという事ですよね。今日のお話を聞いて、僕が伊藤さんに出演して欲しかった気持ちが、リスナーさんにも分かっていただけたのかなと思います。本日のゲストは、ジュエリー作家の伊藤敦子さんでした。ありがとうございました。
といった所で、今週の文化百貨店は閉店となります。次回も引き続き伊藤さんをお迎えし、金属作家としての活動や、これから開催される個展について伺います。
今週の選曲
伊藤敦子さんリクエスト
Fainleog / The Gloaming
山崎晴太郎セレクト
Late / Henning Schmiedt