2022.02.20
こくぼ ひろし vol.1
2月20日の文化百貨店のゲストは、日本初のソーシャルグッド専門PRエージェンシー・ひとしずく株式会社代表で、PRコンダクターの こくぼひろしさん。漠然としている“ソーシャルグッド”という言葉の範囲や、こくぼさんの現在の活動について伺います。
社会課題が日々変わる だから、時代に合わせた言葉が生まれる
【山崎】最近は『SDGs』という言葉に、1日1回は触れているのではないでしょうか。“社会を良い方向に持っていく”とか“脱二酸化炭素”という、ざっくりとしたイメージで把握している方も多いのかなという印象なんですけど、同じように『ソーシャルグッド』という言葉も、「なんとなく知っているよ」という感じの人が多いのかなと思います。今回は、そのソーシャルグッドについて長く活動されている方をお迎えしています。
ゲストは、日本初のソーシャルグッド専門のPRエージェンシーひとしずく株式会社代表で、PRコンダクターの こくぼひろしさんです。よろしくお願いします。
【こくぼ】よろしくお願いします。
【山崎】社会課題を解決する人を広報で支えるPRコンダクターとして、“伝えない広報”を提唱。その中で、カーボンニュートラルの社会デザインにも取り組んでいらっしゃいます。活動のテーマになっているのが『ソーシャルグッド』という言葉ですよね。「ソーシャルグッドって何?」と聞かれたら、どう答えていますか?
【こくぼ】元々の概念は非常に広いものなので、NPO活動やチャリティー、CSR、サステナビリティ、ボランティアとか、本当に広い意味で“社会に良いこと”という扱われ方なんです。ただ、最近は社会に対して良いインパクトを与えるという意味で、『ソーシャルグッド』が使われていまして、社会課題に対して良い影響を与える活動だったり、製品、サービスを総称した言葉とだ言われています。
【山崎】社会をプラスにしていくものは、大体がソーシャルグッドという認識で良いんですか?
【こくぼ】はい。なので、非常に広い概念ということになります。
【山崎】地球環境や社会貢献活動だと、『CSR』や『CSV』、最近だと『SDGs』がありますけど、ソーシャルグッドの中に、その言葉が置かれているという事なんですかね?
【こくぼ】“生まれてきた時代が違う”という事もあると思うんです。CSRが比較的最初に出てきて、それは“企業の社会的責任”という意味合いなんです。それが変化をして、“事業の中で社会に貢献していく”というCSVが出てきたんですね。SDGsは、国連が定めた目標なので、少しレイヤーが違うものになりますね。
【山崎】なぜ、そんなに違う言葉が出てくるんですかね?
【こくぼ】恐らく、社会課題が日々変わっていくからだと。その時々で、最も取り組まなければならない課題が変わるというのが、大きな要因なのかなと思いますね。
誰かが埋めなければならない事を、自分のアイデンティティで解決していきたい
【山崎】ここからは、こくぼさんの活動について伺っていきます。最初に「ソーシャルグッドをテーマに生きて行こう」と決心したきっかけは何だったんですか?
【こくぼ】フィリピンに植林をしに行くという、大学のプログラムに参加したことが大きな出来事ですね。台風で樹々が倒れてしまった場所に植林をして森を取り戻すという活動に、現地の方が取り組んでいたんです。その取り組みをサポートする形のインタープログラムに参加したんです。
【山崎】その経験が、ご自身にどう影響を及ぼしたんですか?
【こくぼ】“森を取り戻す”というプログラムだったので、「助けに行こう!」という意識で現地に行ったんですが、逆に、すごく助けられたんですよ。自分が倒れた時に、親身になって家族の一員のようにサポートしてくれたりして。決してゆとりのある生活を送っていないにも関わらず、自分たちが食べるものを惜しんでサポートをしてくれた事で、価値観が揺さぶられましたね。
【山崎】現地での経験は大きいですよね。
その後、日本国際ボランティアセンターでインターンをされていたんですよね。『ボランティア』って、被災地に日本中から集まるようなイメージで、“無償労働”みたいな捉え方をされる事も多いと思うんですよ。日本国際ボランティアセンターでは、“ボランティア”はどういう位置づけになっていましたか?
【こくぼ】 “市民活動”という捉え方をされていたと思うんですけど、NPO法人という法人格が出来るようになって、だいぶ変わってきたと思います。日本国際ボランティアセンターという名前ではありますけど、私の印象は“国際協力の専門家集団”ですね。
【山崎】それだと、いわゆる“ボランティア”とは、イメージが全然違いますね。
【こくぼ】私は、“社会課題を解決する専門家”という認識をしているんですけど、現場の皆さんは本当にプロフェッショナルな仕事をされているのに、社会からは「ボランティア」と言われてしまうギャップをすごく感じていました。自分としては、一緒に働いた仲間を「きちんと知って欲しいな」と想いがすごく強くなりました。
【山崎】なるほどね。その後は、広告代理店に就職をされたんですよね。それには、インターンの時に感じた事が影響しているんですか?
【こくぼ】そうですね。社会課題やそれに関わる専門家の方々が、あまり評価されていないと感じていた事が大きいですね。それを解決するためには「世の中に伝えるべきだ」という想いがあって、“伝える仕事”というのを考えた時に、広告業界を選びました。
【山崎】“自分で、その問題を解決する”という選択肢もあったと思うんですけど、そうではなく、“解決しようとしている人達を支援する”ような活動へ軸足を置いたのには、何か理由があるんですか?
【こくぼ】私自身、自分でやりたいと思うよりは、“誰もやっていないけど、誰かが埋めなければならない”ような事を、自分のアイデンティティで解決出来るなら、そこを攻めたいという想いがあるんですね。逆に、他の人がやっているのであれば、その人に任せておけば自分よりも上手くいくのではないかなと。
【山崎】そういう考えがあったんですね。会社員になったとは言え、根底にはソーシャルグッドへの想いがあるわけですよね。その頃は、どうバランスを取っていたんですか?
【こくぼ】ボランティアやプロボノとして、自分のスキルを使うという形で、団体さんのお手伝いをしていました。
【山崎】みんな、社会が良くなった方が良いと思っているし、少なからず自分が力になれるのならなりたいと考えていると思うんです。だけど、なかなかその活動を本流には出来ないとも思うんです。こくぼさんは、学生時代から約20年に渡って続けてきて、今はそれをメインにされています。その原動力は、何ですか?
【こくぼ】やはり、先ほどお話したフィリピンでの体験が大きいですね。「やらなければならない」という勝手な使命感を持ち、会社員時代はそれをするための、修行のような感覚だった部分はありますね。
“一緒に”社会課題を解決していくから「クライアント」ではなく「パートナー」
【山崎】2016年に、日本初のソーシャルグッド専門のPRエージェンシー・ひとしずく株式会社を設立されました。社名が印象的ですね。
【こくぼ】元々は、“ソーシャルグッドPR”みたいな違う社名を考えていたんですけど、詩人のウチダゴウさんに相談した時に、「やりたいのは、そういう事ではないでしょ」と諭していただいたんです。それで、改めて考えた時に、説明するような名前ではなく、自分が大切にしている想いを乗せるべきなんだなと思って、この社名にしました。
『ハチドリのひとしずく』という、エクアドルの民話があるんですね。“ひと”を大事にしたいと考えていたことと、“しずく”という言葉がすごく素敵だなと思って、“ひとしずく”という名前にしました。
【山崎】そのエクアドルの民話について、ご紹介いただいてもいいですか?
【こくぼ】ハチドリという、世界一小さな鳥の話なんです。山火事が起きた時に、他のすべての動物が逃げるんですけど、ハチドリだけが自分の嘴に水を含んで消火活動をする。それは、一滴にしかならないんですけど、山火事を消すために、一滴一滴注いでいくんです。他の動物からは、「そんなことをしても、山火事は消えないんじゃないか」と言われるんですけど、ハチドリは「自分に出来ることはこれだ」という信念で、水を注ぎ続けるという物語です。
【山崎】いい話ですね。こくぼさんの想いと重なる部分がありますよね。
ひとしずく株式会社を設立した2016年だと、まだSDGsという言葉も広がっていないし、ソーシャルグッドという概念自体も、そんなに社会に広がっていない時期だったと思います。最近は、状況も変わって来たのかなと感じるんですけど、どういう依頼が多いんですか?
【こくぼ】1つは企業や自治体から、ソーシャルグッドや社会課題解決の専門としてアドバイスをして欲しいという依頼ですね。あとは、NPOやNGOのサポートもしているので、「広報を強化したいけど、どうやったら良いのか分からない」とご相談を受けることが多いですね。我々のホームページに今までの事例を掲載しているので、それを見てお問い合わせいただく事が多いです。
【山崎】問い合わせの内容を見て、「これは、ソーシャルグッドではないかも……」みたいな線引きもされているんですか?
【こくぼ】メンバーからは、判断の基準が分からないと言われるんですけど、私自身は明確に持っています。「社会課題を解決しよう」と、諦めずに取り組む姿勢があるのかということは、すごく大事にしています。どの企業や団体であろうが、一緒になってその課題を解決するという気持ちが無いと、恐らく達成できない。我々も一緒に社会課題を解決していこうと思っているので、そういう気持ちがあるかという事ですね。だから我々は、一緒に仕事をする際に、「クライアント」ではなく「パートナー」と呼んでいます。
【山崎】“世の中に伝える”ことが事業のメインだと思いますが、ソーシャルグッドだからこそ意識をしている部分はありますか?
【こくぼ】PRという言葉には「プロモーション」という意味もありますけど、「パブリックリレーションズ」という“公衆との関係を構築していく事”だとすれば、そもそもPRの原点は“ソーシャルグッド”なんですよね。だから、「全てのPRが、ソーシャルグッドなのではないか」と思っている部分があります。
【山崎】確かに、“世の中を動かして、伝えるべきもの”という事ですもんね。
【こくぼ】そうですね。やはり、何かしらの社会の課題を解決しようと思って商品やサービス、企業があったりしますからね。
「気づきのリマインド」 社会課題をアートで表現するプロジェクト
【山崎】ひとしずく株式会社の活動とは別に、発起人として『チャートプロジェクト』というものを展開されているんですね。これは、どういうものなんですか?
【こくぼ】“社会課題をアートで表現する”というプロジェクトです。社会課題の線グラフや棒グラフ、図などの象徴的なラインを残して、そのラインを活かしてアートにしてもらうという取り組みなんです。皆さんに見ていただくチャートプロジェクトの作品は、一見通常のアートなんですけど、その中に社会課題に関するグラフのラインが仕込まれています。
【山崎】かなりユニークな取り組みだと思うんですけど、きっかけは何だったんですか?
【こくぼ】「社会課題をどう世の中に伝えるか?」という難しさが、ずっとあるんですよね。社会課題は“事実”がすごく大事だと思うんですけど、そのまま伝えようとすると、どうしても教科書みたいになってしまうんです。なので、お勉強みたいな形ではなく、それをいつも持ち歩けたり、意識をしなくても普通のクリエイティブとしても成立するものになれば、気づきのリマインドになるのではないかという想いがあって始めました。
【山崎】社会課題をアウトプットするポイントを増やしていく感じですね。どれくらいの作品が出来ているんですか?
【こくぼ】約30作品くらいあります。川添むつみさんというイラストレーターによる『見つめる先に』というのは、WWFジャパンからデータを頂いた、象牙の違法取引の折れ線グラフが隠れています。
【山崎】結構、ヘビーなトピックですね。
【こくぼ】非常に可愛らしい絵なんですけど、そこには厳しい現実というのがあるという事で、そのデータを裏に隠した作品ですね。あとは、クリエイティブディレクターの藤井賢二さんとは、石川県小松市の年間平均気温の推移を絵画では無くて、『SAND GRAPH』という立体の作品にしました。
【山崎】色んな作品が、出来てきているんですね。2019年には、スウェーデンで初の海外展覧会を開催されたんですね。
【こくぼ】スウェーデンは、SDGsのランキングで常に上位の国なので、新しい表現方法として皆さんに伝えたいという想いがあって行きました。
【山崎】リアクションはいかがでしたか?
【こくぼ】SDGsマークをデザインしたファームの、ヤーコブ・トロールベックさんも観に来てくださって「非常に面白い」と言っていただきました。
【山崎】それは、良い経験になりましたよね。逆に、日本での状況はいかがです?
【こくぼ】2020年から一般社団法人として活動をしているんですけど、なかなか資金源が無いので、「コラボレーションをしませんか?」と言っていただいた方々と作品をつくったり、展示をしたりという状況ですね。
【山崎】タイアップやスポンサードの相談は、いつでも受け付けている感じですかね?
【こくぼ】ぜひ、お願いします(笑)
【山崎】共感していただいた方は、「ぜひ、ご連絡を!」という事ですね。今週のゲストは、ひとしずく株式会社代表で、PRコンダクターの こくぼひろしさんでした。
【こくぼ】ありがとうございました。
【山崎】僕は仕事や、自分の作品でこういう問題をテーマにする事も多いんですけど、興味や意識が向くきっかけの1つが『ドラえもん』だなって、今日の話をしていて思いました。
未だに毎年映画館に行っているんですけど、映画のドラえもんは、価値観の違う人や物、植物なんかと出会って、友達になって、大きい社会課題に警鐘を鳴らすみたいな構造に、基本的にはなっているんですよ。子供向けのエンターテイメントに見えますけど、その中にはSDGs的なメッセージが含まれているなと感じていて、そういうので単純接触の機会も増えているのかなと思いました。
といった所で、今週の文化百貨店は閉店となります。来週も、こくぼひろしさんをお迎えして、もう1つの現在進行中のプロジェクト『もしもラボ』についてお伺いします。
今週の選曲
こくぼひろしさんのリクエスト
What A Wonderful World / Louis Armstrong