2022.03.27
高柳 克弘 vol.2
3月27日の文化百貨店のゲストは先週に引き続き、俳人・俳句雑誌『鷹』編集長の高柳克弘さん。今回は、近著『究極の俳句』と高柳さんご自身の俳句感について伺います。また、5年間に渡る文化百貨店を通じて、MCの山崎晴太郎が感じてきた事についてもお話します。
俳句は、曇った世界を叩き割って晴れさせてくれる“バール”
【山崎】今週は、もう少し高柳さんの俳句感を深掘りしていきたいと思います。早速ですが、昨年5月に出版された評論集『究極の俳句』。これは、どういった内容のものですか?
【高柳】俳句は、“高尚な文芸”や“伝統的な文芸”だと、現代では思われているんですよね。それによって、風通しが悪くなっているというか、閉塞しているのではないかと思う所があるんです。
例えば、「松尾芭蕉の頃の俳句は、前衛的な芸術だったのではないか?」というような、俳句が本来持っていたものを忘れていけないのではないかと。それ故に、対極にあるような言葉をぶつけた時の“思いがけない衝撃や意外性”、“常識を打ち破っていくようなもの”が、究極ではないのかという事を問いている本なんです。
【山崎】想像できるような言葉の繋がりではなく、全然違うものが組み合わさった時に、何か新しいものになるのではないかという事ですかね。
【高柳】そうですね。いかにも“文学っぽい世界”ではなく、全く違う所から飛び込んでくるみたいなイメージですかね。
【山崎】『究極の俳句』を拝読しましたが、すごく面白かったです。僕は、次の知性への入り口を用意してくれるような、“数珠繋ぎ”になっていくのが良い本だと思っているんです。だから本を読むときには、そのポイントをドッグイアしているんですけど、1冊に1つあれば良いぐらいなんです。だけど、この本にはたくさんドッグイアが付きましたよ(笑)
【高柳】ありがとうございます。
【山崎】俳句をこんなに体系立てて整理をしたことが無かったので、すごくいいヒントをいただいたなと感じています。本の中には、有名な句もたくさん出てきますし、色んな俳人が紹介されていますが、特に影響を受けた人や句はあったりしますか?
【高柳】大学生の時に出会った寺山修司ですね。劇作家として知られていますけど、若い時には俳句や短歌に熱中をしていたんです。そんな彼の「目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹」という句があるんです。
五月の空に鷹が浮かんでいる。見ても自分を支配してくるような力があるし、例えそこから目をつぶったとしても、なお自分を統括しているような感じがするという、青春期の沸々とするマグマみたいなエネルギーを、全て鷹に委ねたような句なんです。これは、地上に居るちっぽけな自分と、空を舞う崇高な鷹という距離のある物を激しく自分の中でぶつけているんですよね。この句が、「俳句はすごい!」と思うようになったきっかけでした。
【山崎】それは、俳人になろうと思ったきっかけでもあるんですか?
【高柳】はい。寺山修司の俳句を読み漁って、「いつかは寺山みたいに!」と思ったんです。あとは大学3~4年生の時に、松尾芭蕉に関心を持ち始めたのも大きいですね。やはり俳句を研究していると、どうしても最終的に芭蕉に行き着くんですよ。芭蕉も「予が風雅は夏炉冬扇のごとし」というカッコイイ事を言っているんです。
自分の俳句は、夏に使う囲炉裏、冬に使う扇だと。「何の役にも立たない」と、自虐的な事を言っているように見えて、逆に自分を奮い立たせているように思うんです。それこそ、「俺は凄いことをやっているんだぞ!」という決意表明のような言葉ではないのかなと。
世の中に役立たないからこそ、「皆が信じているものでは無い、違う価値観を自分は持っているんだ」と、いつかどこかで今自分が抱いている価値観が、役に立つかもしれないと思っていたのではないかと感じるんです。
【山崎】「俳句とは何ですか?」と聞かれたら、現時点では何と答えますか?
【高柳】こう言って良いのか分からないんですけど……、“バール”。
【山崎】工具の!?あの、こじ開けるやつですか?
【高柳】開けるというより、“叩き割る”ですね。曇りガラス等があって先がよく見えない時に、それを“叩き割って、見晴らしをよくするもの”という感じがします。なぜバールかというと、私自身は俳句に対して、“硬くて強いもの”というイメージがあるんですよね。短い分、ギュッと力が濃縮されていて、密度が高い。一言だけで、読んだ人の偏見や先入観という曇りをパッと払ってくれる。
自分もそういう俳句に勇気づけられましたし、曇りを晴れさせてくれた印象があるから、自分もそういう句を詠みたいなと思います。
例えば桜を詠むとしても、皆が集まって「綺麗だな」「美しいな」と言うけれど、美しさの奥にはもっと違うものがあるのではないのかと思っています。そういうものをバールでバンッと割って、固まった印象が飛び散るというイメージが近いですね。
バイヤーをするなら、季語にちなんだ美味しいものが届くサービスを
【山崎】ゲストの方みなさんに聞いてきた、定番の質問です。僕、山崎晴太郎とコラボレーションをするとしたら、どんなことをしてみたい、もしくは出来ると思いますか?
【高柳】最初は素敵な句帳とかを作ってもらうのが無難なのかなと思っていたんですけども……。山崎さんは、建築もされているんですよね。それなら、街づくりをしたいな。今、街並みって、どこもほとんど一緒じゃないですか。もうちょっと、駅ごとに特色を出しても良いのかなと思うんです。
それこそ俳句には昔から季語があって、身近な季節を感じる言葉になっていますよね。だけど今は、例えば“桜ビル”という名前がついていても、実際はまったく桜っぽくなかったりする。
【山崎】名称が、ただの記号になっていますよね。
【高柳】そうなんですよ。初めての街に行って、「桜ビルってどこだろう?」と探しても、桜っぽくないレンガ造りのビルだったりするから、方向音痴の私は迷うんですよ(笑) もうちょっと建築に自然を取り入れて、かつ融合的な街並みをつくっていただけると、私は迷わず桜ビルまで行くことが出来るかなと。みんなにとっても、良くなるのではと思うんですよね。
【山崎】自然観を取り込むという事が、俳句には大事なんですよね。
【高柳】そうですね。自分の中だけで考えを巡らしても、仕方がないものですね。自然に目を向けると、自分が思いもしなかった美や価値があったりするんですよね。
デザインでも麻の葉文様が、『鬼滅の刃』の禰豆子ちゃんの模様として流行っていますけど、それは自然のモチーフをデザインに生かしているという事ですよね。そういう事を建築で、山崎さんと一緒に出来ないかなと思いました。
【山崎】建物の名称とリンクする部分は、ファサードなんかで表現したりはしているんですけど、分かりづらいところはありますよね。個人的には、素材感は建築でもプロダクトでも、すごく大きい問題だと思っているんですよ。
僕はどちらかというと自然素材が好きで、建築も木造軸組という昔ながらの大工さんが建てるようなものを専門にしていたんです。だけど大きいものを造ろうとすると、自然素材から鉄骨などのケミカル素材にどんどん置き換わっていくんですよね。そうすると僕の感覚では、素材が時間を内包しなくなる。
【高柳】時間が変わらないということですか?
【山崎】汚れてはいくんです。だけど“わびさび”ではないけど、時間の経過が美しさに投影していかない。自然素材は、過ごす時間自体を美しさとして吸収していくんですよ。
【高柳】革ジャンとかも、長年着ていると味が出てきて良いと言いますもんね。
【山崎】そういう美しさがどんどん無くなってきているのは、残念だと思いながらも、それが無いと経済は成長していかないという……。難しい話なんですけど、それに抗うのも、つくり手の責任の1つなのかなと思いますね。
もう1つの定例の質問です。この番組のコンセプトである、“文化を伝える架空の百貨店”があったとして、バイヤーとして一画を与えられたら、どんなものを扱いたいですか?
【高柳】ワクワクして色々考えたんですけど、 “季語チケ”というのを考えてみました。
【山崎】きごちけ?
【高柳】季語のチケットです(笑) 売り場には紙のチケットしか置いてなくて、購入したら四季折々に、お家に季語の美味しいものが届くみたいなものです。
【山崎】それは、すごく良いですね!
【高柳】春は桜餅や草餅が届いたりとかね。夏だったら……アイスクリームは溶けちゃうか(笑) 素麺とか、そういう季節の折々の良いものが届くチケット。
【山崎】なるほどね。普通にサブスクで行けそう(笑) 季節の行事や、季節を味わうという行為がどんどん減ってきていますもんね。
【高柳】前倒しし過ぎている感じもしますよね。クリスマスなんか、すごく早くから始まっていますからね。
言葉を道具や武器として使うのを一旦やめませんか?
【山崎】前半にご紹介した『究極の俳句』や、先週ご紹介した児童小説『そらのことば降ってくる』を見ていると、高柳さんが現代の言葉や俳句の在り方に一石を投じているような印象を感じました。現代の言葉って、結構ドラスティックに関わり方も変わってきている気がするんですけれど、今の言葉をどう見ていらっしゃいますか?
【高柳】ますます“効率的”にというか、“合理的”に使われている感じがしますね。“部下を動かすための言葉”みたいなのがあったりするじゃないですか。こう言えば相手がこう動いてくれるというのは、完全に効率を考えていますよね。
それはそれで、ビジネスの場では必要なのかもしれないですが、言葉自体は生き物みたいなもので、音や臭い、形を持っているものだと思うんですよね。それを1つ1つ吟味するような、ゆっくりした時間の流れが欲しいなと感じているんですけど、句会にはそういう時間が流れているんですよ。
現代は、言葉をマシンガンみたいに打って効果を確かめて、「これが効かなかったから、次へ」という風にやっている感じがするので、言葉を道具や武器みたいに使うのを一旦置いて、“まったりした使い方をしませんか?”というのは、俳人から提案したい事ですね。
【山崎】タイムラインがすぐに埋め尽くされて、言葉がどんどん流れていきますもんね。
【高柳】次から次へと流れていって、追いかけられないですよね。
【山崎】それに、今はライトな言葉が多いですよね。
【高柳】そうですね。でも言葉って、本来は表には出ていないものを裏に大きく抱えているんですよね。直接的ではなく、間接的であるというか。だから、「何が言いたいのか?」という所を読み取る力が、これから試されるのかなと思いますね。
【山崎】それは必要な力ですよね。2週に渡ってお話をして、デザイナーと俳人には似ている部分があるなと思いました。概念化していない世界というか、言葉が与えられていない世界みたいな中に、新しい意味や概念を見つけて、新しい表現として立ち上げていく所に、共通点があるのかなと感じました。
高柳さんのおかげで、俳句をようやく始められそうなマインドになれたので、すごく嬉しいです。俳句をやること自体が、僕の日常のメッシュみたいなものが変わって、デザインや表現にもフィードバックされていくんだろうなと確信しています。
今回のゲストは、俳人、俳句雑誌『鷹』編集長の高柳克弘さんでした。ありがとうございました。
高柳克弘さんのリクエスト
宙船 / TOKIO
山崎晴太郎が5年間で気づいたこと
【山崎】2017年の4月からスタートをした文化百貨店ですが、残すところ数分となりました。文化人の方々にお話しを伺って、感性や知識を拡張していこうという事で進めていたんですけども、5年間で126名のゲストに来ていただきました。
僕自身、番組をきっかけに音楽をつくってレコードを出したり、他にも色んな取り組みを一緒にやるようになったり、すごく良い出会いがたくさんありました。それに、自分が知らなかったジャンルというか通って来なかった世界でも、深いお話を聞ける機会も多かったので、すごく刺激になりました。
文化百貨店というタイトルなので、文化的な切り口からゲストを紐解いていくんですけど、どのジャンルの文化と向かい合っても、結局は“人間の話”をするんだなと思っていました。どんなジャンルの人も、文化を突き詰めていくと、必ず人間とぶつかるんだなというのは、この番組を通じた大きな発見でした。
山崎晴太郎が文化百貨店でバイヤーをするとしたら?
そして、ゲストの皆さんに聞いていた「文化を伝える架空の百貨店でバイヤーをするとしたら?」という質問に、自分でも答えてみます。文化百貨店の最終回という事を踏まえて言うとしたら、ジャンルではなく“人を切り口にした展示”ですね。
この番組のゲストは、基本的には“肩書”で来ていただいていますよね。だけど話しをしていくと、その肩書の周辺にその人を構築しているものがたくさんあって、僕らが肩書から感じたり知ったりしているものって、その人の一側面でしかないんだなと。だから、その人の全体像が分かる空間をつくりたいですね。
365日・365名みたいな形で、その人がどういう所で過ごしたとか、実はこんな食べ物が好きだとかね。そうすると、「こんな高尚な事をしているのに、B級グルメ派!?」というような発見があったりして、そういう振れ幅も含めて、人の魅力を感じてもらえるのではと思いました。
【山崎】文化百貨店の最後の1曲は、Keith Jarret ,Charlie Hadenの『One Day I’ll Fly Away』でした。いつもはプレイリストを聴いてもらうような感じで、僕のお気に入りの曲をランダムに選んでいたんですけれど、今回は僕が5年間見てきた文化百貨店のイメージにマッチした曲として、この曲を選びました。
自分の文化的側面を音楽から見た時に、パッっと思い浮かんだのがKeith Jarrettだったんです。ピアノの音やミニマルな世界観だったりが、やっぱり好きなんですよね。『One Day I’ll Fly Away』というタイトルも、示唆的だなと思って選びました。
Spotifyで配信しているアーカイブは、そのまま残しておこうと思っています。noteの記事は、もしかしたらサイトのリニューアルでお引っ越しするかもしれませんけれども、記事も含めて今までのコンテンツは残していこうと思っていますの、ぜひ過去の放送も楽しんでいただければと思います。
文化を探っていくような取り組みは、個人的に止めないというか、そういうものを取り込んで自分の表現にしていきたいと思っていますので、ラジオではなくなっても、今後も何らかの形で情報を発信していくつもりにしています。新しい事を始める時には、セイタロウデザインのSNSか、僕のInstagramでお知らせをすると思いますので、ぜひそちらもフォローしておいてください。
といった所で文化百貨店は、これで閉店となります。5年という長い間聴いてくださったリスナーの皆さん、本当にありがとうございました。お相手は、山崎晴太郎でした。
―――
といった所で、5年間に渡ってFMヨコハマからお送りしてきた文化百貨店は、閉店となりました。そう遠くないタイミングで、また皆様のお役に立てるような事を発信していければと思っていますので、その時までお待ちください。5年間、お付き合いいただき、ありがとうございました。